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「義経記」静鎌倉へ下る事(その8)

磯の禅師ぜんじは都の神仏にぞ祈りまうしける。「稲荷、祇園ぎをん、賀茂、春日、日吉山王さんわう七社、八幡やはた大菩薩、しづかが胎内にある子を、たとひ男子なりとも女子になしてべ」とぞ申しける。かくて月日重なれば、その月にもなりにけり。しづか思ひの外に堅牢地神けんらうぢじんあはれみ給ひけるにや、痛む事もなく、その心付くと聞きて、藤次とうじ妻女さいぢよ、禅師もろともに扱ひけり。殊に易くしたりけり。少人せうじん泣き給ふこゑを聞きて、禅師余りの嬉しさに、白き絹に押し巻きて見れば、祈る祈りは空しくて、三身さんじん相応さうおうしたる若君にてぞおはしける。ただ一目見て「あな心憂や」とて打ち臥しけり。静これを見て、いとど心も消えて思ひけり。「男子か、女子かや」と問へども答へねば、禅師の抱きたる子を見れば、男子なんしなり。一目見て、「あら心憂や」とてきぬかづきて臥しぬ。




磯禅師(静御前の母)は都の神仏に祈り申しました。「稲荷(現京都市伏見区にある伏見稲荷大社)、祇園(現京都市東山区にある八坂神社)、賀茂(現京都市北区にある上賀茂神社と左京区にある下鴨神社)、春日(現京都市右京区にある西院春日神社?)、日吉山王七社(現滋賀県大津市にある日吉大社の上七社)、八幡大菩薩(現京都府八幡市にある石清水八幡宮)、静が胎内にある子を、たとえ男子であるとも女子にしてくださいませ」と祈りました。こうして月日重なって、臨月になりました。静御前は思いの外堅牢地神([大地を司る神])も憐れまれたのか、苦しむこともなく、産気付いたと聞いて、藤次(堀親家ちかいへ)の妻女が、磯禅師ともにお産に立ち会いました。お産はとても軽くすみました。少人(子)が産声を上げるのを聞いて、磯禅師があまりのうれしさに、白絹に押し巻いて見れば、祈る祈りは空しくて、三身相応([欠けたところがなく、りっぱであること])の若君でした。磯禅師はただ一目見て「悲しいこと」と申して倒れ伏してしまいました。静御前はこれを見て、いっそう心配になりました。「男子か、女子ですか」と訊ねましたが磯禅師が答えなかったので、磯禅師が抱いている子を見れば、男子でした。静御前も一目見て、「とても悲しい」と申して衣を引き被り伏してしまいました。


続く


by santalab | 2014-02-28 15:51 | 義経記

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