Santa Lab's Blog


「滝口入道」横笛(その3)

この夜、三条大路を左に、御所の裏手の御溝端みかはばたを辿り行く骨格たくましき一個の武士あり。月を負ひてその顔は定かならねども、立烏帽子に綾長そばたか布衣ほいを着け、蛭巻きの太刀のつか太きを横たへたる夜目にも爽やかなる出で立ちは、いづれ六波羅渡りの内人うちびとと知られたり。御溝を挟んで今を盛りたる桜の色の見て欲しげなるに目もかけず、物思はしげに小手こまねきて、少しうなだれたる頭の重げに見ゆるは、吐息吐くためにやあらん。さても春の夜の月花に換へて何の哀れぞ。西八条の御宴より帰り道なる侍の一群れ二群れ、舞ひの評など楽しげに誰憚らず罵り合ひて、果ては高笑ひして打ち興ずるを、くだんの侍は折々耳そばだて、時に冷ややかに打ちむ様、仔細ありげなり。中宮の御所をはや過ぎて、垣越かきごしの松影月を漏らさで墨の如く暗きほとりに至りて、ふと首を挙げてしばし辺りを眺めしが、にはかに心付きし如く早足に元来し道に戻りける。西八条より還御せられたる中宮の御輿、今しも宮門を入りしを見、いと本意ほいなげに後見送りて門前にたたずみける。遅ればせの老女いぶかしげに己れが様子を打ち見守り居るに心付き、急ぎ立ち去らんとせしが、何思ひけん、つと振り向きて、件の老女を呼び止めぬ。




その夜、三条大路を左に、御所の裏手の御溝([宮中の庭を流れる水路])の端に沿って歩く体格のりっぱな一人の武士がいました。月を背にしていた(東に向かっていた)ので顔は定かではありませんでしたが、立烏帽子に綾織りの着物を着て、蛭巻き([太刀の柄に金属の細長い薄板を螺旋状に巻いてあるもの])の柄の太い太刀を脇差に差して夜目にも堂々とした立ち姿は、きっと六波羅(平家)に仕える武士と思われました。御溝を挟んで今が盛りの桜が花を見て欲しそうでしたがそれには目もかけず、物思いありげに腕組みをして、少しうつむいて頭が重そうに見えるのは、吐息をつくためなのでしょうか。それにしても春の夜の月花を見て何を哀しむいうのでしょうか。西八条の宴から帰る侍たちが一群れ二群れ、舞いの話などを楽しそうに誰の目を気にすることなく話し合いながら、最後に高笑いして手を打ったりして楽しんでいましたが、この侍は時々耳をそばだてて、時に少しばかり微笑みましたが、何か訳があるようなそぶりでした。中宮(平徳子)の御所も過ぎて、垣根越しの松が月の光をさえぎり墨のように暗くなっているあたりで、ふと首を上げてしばらくあたりを眺めていましたが、急に思い立ったように早足で来た道を戻って行きました。西八条から還御なさった中宮の御輿が、今にも宮門([内裏の外郭の門])を入ろうとしているのを見ても、興味のない様で見送って門前にたたずみました。後からやって来た老女が不思議そうに侍の様子を覗っているのに気付いて、侍は急いで立ち去ろうとしましたが、何を思ったのか、急に振り返ると、老女を呼び止めました。


続く


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by santalab | 2014-03-04 18:15 | 滝口入道 | Comments(0)

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