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「滝口入道」恋淵(その3)

西八条の花見の席に、中宮の雑仕横笛を一目見て時頼ときよりは、世にはかかる気高き女子をなごもあるものかなと心ひそかに騒ぎしが、雲を留め雲をめぐらす妙なる舞ひの手振りを見もて行くうち、胸怪しうとどろき、心何となう安からざる如く、二十三年の今まで絶えて思えなき異様の感情雲の如く湧き出でて、例へば渚を閉ぢし池の氷の春風に溶けたらんが如く、もしくは満身の力を張り詰めし手足の節々一時に緩みしが如く、茫然として行方も知らぬ通ひ路を我ながら踏み迷へる思ひして、果ては舞ひ終はり楽収まりしにも心付かず、やがて席を罷り出でていづこともなく出で行きしが、あはれ横笛とは時頼この夜初めて思えし女子の名なりけり。




西八条の清盛の殿の花見の席で、中宮(清盛の娘平徳子とくこ)の雑仕([下級の女官])を一目見て時頼(斎藤時頼)は、世にこれほど上品な女がいるものかと心の内で胸が騒ぎましたが、雲を留め雲を廻らす見事な舞いの手を見ているうちに、ますます胸騒ぎが激しくなって、心は落ち付かなくなって、二十三年間の今まで決してなかった異様な感情が雲のように湧き上がりました、例えるならば水辺を閉じた池の氷が春風に溶かされるように、または全身の力で張り詰めた手足の節々が一時に解き放たれて緩むように、ただ心を失って行方も知らぬ路に迷い込んだような気がして、果ては横笛が舞い終わったのにも気付かずに、やがて席を立ってどこへ行くともなく殿を出て行きました、ああ横笛という名は時頼がこの夜初めて覚えた女の名でした。


続く


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by santalab | 2014-03-04 22:33 | 滝口入道 | Comments(0)

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