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「滝口入道」恋闇(その1)

思へば我が知らで恋路の闇に迷ひし滝口こそ哀れなれ。鳥野辺の煙絶ゆる時なく、仇野あだしのの露置くに隙なき、ままならぬ世の習はしに漏るる我とは思はねども、相見ての刹那に百年ももとせの契りを籠むる頼もしきためしなきにもあらぬ世の中に、いかなれば我のみは、天の羽衣撫で尽くすらんほど永き悲しみに、ただただ一時の望みだに得叶はざる。思へばつれなの横笛や、過ぎにし春のこの方、書き連ねたる百千ももちの文に、今は我には言ひ残せるまこともなし、よしあればとてこの上短き言の葉に、胸にさへ余る長き思ひを寄せんすべやある。つれなの横笛や、よしや送りし文はつたなくとも、変はらぬ真はこの春秋の永きにもて知れ。一夜の松風に夢醒めて、思ひ寂しきふすまの中に、我がありし事、すすきが末の露ほども思ひ出ださんには、など一言の哀れを返さぬ事やあるべき。思へば思へば心なの横笛や。




思えば知らず知らずのうちに恋路の闇に迷っていた滝口(斎藤時頼ときより)は哀れでした。鳥野辺(今の京都市東山区。平安京の葬送地)の煙は絶えることなく、仇野(今の京都市右京区嵯峨)には隙なく露に濡れて、思うがままにならない世の習わしに漏れる我が身とも思いませんでしたが、情を交わして刹那([きわめて短い時間])に百年の契りを籠める頼もしい例もないわけではない世の中にあって、どうして己だけが、天の羽衣を撫で尽くすほどの永い悲しみに沈んで、ただただ一時の望みさえも叶わないのかと思うのでした。思えばつれない横笛を想って、過ぎ去った春から、書き連ねたたくさんの文に、今では滝口に言い残した心はありませんでした、もしあったとしても短い言葉に、胸の想いにも余る長い思いを伝える術は残っていませんでした。薄情な横笛よ、たとえ送った文が上手でないものでも、変わらない想いはこの春秋の長さをもって知ってほしいと思う時頼でした。一夜の松風に夢から醒めて、悲しく思う衾([夜具])の中で、このわたしが悲しんでいることを、どうして薄の末穂の露ほども思い出してくれないのかと、どうして一言の返事も返してくれないのかと思うばかりでした。思えば思うほど情け薄い横笛かと思いました。


続く


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by santalab | 2014-03-04 23:18 | 滝口入道

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