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「滝口入道」溜涙(その3)

滝口が顔は少しく青ざめて、思ひ定めし目の色ただならず。父はしばし言葉なくうつむける我が子の顔を見つめ居りしが、「時頼ときより、そは正気の言葉か」。「それがしが一生の願ひ、しん以つていつはりならず」。左衛門は両手を膝に置き直して声励まし、「やよ時頼、言ふまでもなき事なれど、婚姻は一生の大事と言ふこと、そち知らぬ事はあるまじ。世にも人にも知られたるしかるべき人の娘を嫁子よめごにもなし、そちが出世をも心安うせんと、日頃より心を用ゆる父をそなたは何と見つるぞ。由なき者に心を掛けて、家の誉れをもかへりみぬほど、無分別のそちにてはなかりしに、さてはかねてより人の噂にたがはず、横笛とやらの色に迷ひしよな」。「否、それがしこと色に迷はず、にも酔はず、神以つて恋でもなく浮気でもなし、ただただ少しく心に誓ひし仔細の候へば」。




滝口(斎藤時頼ときより)の顔色は少し青ざめて、思い決めた目の色は尋常ではありませんでした。父(茂頼もちより)はしばらく言葉もなく俯いたままの我が子の顔を見つめていましたが、「時頼よ、これは正気の言葉なのか」と言いました。時頼は「わたしの一生の願いでございます、神にかけて偽りではございません」と答えました。左衛門(茂頼)は両手を膝に置き直して激しい声で、「時頼よ、言うまでもない事であるが、婚姻は一生の大事だと言うことを、お前が知らぬ事はないであろう。世にも人にも知られたしかるべき人の娘を嫁子にすれば、お前の出世も安心と、日頃より気にかけていた父をお前はどうみておったのじゃ。つまらぬ者に気を取られて、家の名誉を顧みぬほど、道理の分からぬお前ではなかろうに、されはかねてからの人の噂通り、横笛とやらの色に迷ったのか」と言いました。時頼は「そうではございません、わたしは色に迷っておりませんし、香に酔ってもおりません、神に誓って恋でもなく浮気でもありません、ただただ少しばかり心に誓うことがあるばかりでございます」。


続く


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by santalab | 2014-03-05 00:30 | 滝口入道

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