よしや目前に屍の山を積まんとも涙一滴こぼさぬ勇士に、世をはかなむまでに物の哀れを感じさせ、夜毎の秋に憂き身をやつす六波羅一の優男を物の見事に狂はせながら、「許し給はれ」とは今さら何の酔狂ぞ。ああさに非ず、いづこまでの浮世なれば、心にもあらぬつれなさに、互ひの胸の隔てられ、恨みし者は恨みしまま、恨みられもし者は恨みられしままに、あはれ皮一重を境ひに、身を変え世を隔てても胡越の思ひをなす、我れ人の運命こそはかなけれ。横笛が胸の裏こそ、中々に口にも筆にも尽くされぬ。
たとえ目の前に屍が山のように積まれていたとしても涙一滴こぼさない勇士(斎藤時頼)を、世をはかないものと思わせるまでに悲しませ、夜毎の悲しみに身をやつした六波羅一の優男([優しい男])を物の見事に恋狂わせて、「許してください」とは今さらどれほどふざけた言い草でしょうか。ああそうではありませんでした、浮世にある限り、心にもあらぬつれなさに、お互いの思いは通わず、恨みに思う者は恨んだまま、恨まれた者は恨まれたまま、ほんの些細なすれ違いで、墨染めの衣に身を変え世を逃れた人に胡越([古代中国の北方の胡国と南方の越国。互いに遠く離れていること])の想いを寄せる、横笛の運命は悲しいものでした。横笛の胸の内は、決して言葉にも文字にも尽くせませんでした。
(続く)