Santa Lab's Blog


「滝口入道」空蝉(その2)

横笛あたりを打ち見遣れば、八重葎やへむぐら茂りて門を閉ぢ、払はぬ庭に落ち葉積もりて、秋風吹きし跡もなし。松の袖垣隙間あらはなるに、葉は枯れてつるのみ残れるつた生えかかりて、古きこずゑの夕嵐、軒漏る月の影ならではふ人もなく荒れ果てたり。軒は朽ち柱は傾き、だれ住みぬらんと見るも物憂げなる宿の様。さても世を無常と観じてはかかる侘しき住居も、大梵高塔の楽しみに換へらるるものよと思へば、主のさふとさもいや増して、今宵の我が身や恥づかしく思ゆ。庭の松が枝に吊るしたる、ほの暗き鉄灯篭かなどうろうの光に軒先を照らさせて、障子一重の内には振鈴の声、急がず緩まず、四曼不離の夜毎の行業かうごふに慣れそめてか、まがきの虫の驚かん様も見えず。横笛今は心を定め、ほとほととかどを音づるれども答へなし。玉を延べたらん如き細腕痺るるばかりに打ち叩けども応ぜずとかや、我ながら心なかりしと、しばし門下にたたずみて、鈴の音の絶えしを待ちて再び門を叩けば、内には主の声として、「世を隔てたるこのいほは、夜陰やいんに訪はるる思えなし、恐らく門違ひにても候はんか」。横笛潜めし声に力を入れて、「大方ならぬ由あればこそ、夜陰に御業おんげふを驚かし参らせしなれ。庵は往生院と思ゆれば、主の御身は、小松殿の御内なる斎藤滝口殿にてはおはさすや」。「いかにもそれがしが世にありし時の名は斎藤滝口にて候ひしが、そを尋ねらるる御身はそも何人」。「わらはこそは中宮の雑仕横笛と申す者、ままならぬ世の義理に隔てられ、世にも厚き御情けに心にもなきつれなき事の数々、ただ今の御身の上と聞き侍りては、悲しさ苦しさ、女子をなごの狭き胸一つには納め得ず、知らで永くやみなんこと口惜しく、一つにはわらはがまことの心を打ち明け、かつは御身の恨みのほどを承らんためにここまで迷ひ来りしなれ。ここ開け給へ滝口殿」。言ふとそのまま、門の扉に身を寄せて、声を忍びて泣き居たり。




横笛がまわりを見渡せば、八重葎([つる草])が生い茂って門にからみ付き、掃いていない庭には落ち葉が積もって、秋風が通り過ぎた跡さえありませんでした。松の袖垣([建物などのわきに添える幅の狭い垣])には隙間が出来て、葉は枯れてつるだけが残った蔦が巻き付付き、古い梢に吹き付ける夕嵐、軒から漏れる月の光のほかに訪ねる人もないばかりに荒れ果てていました。軒は朽ちて柱は傾き、誰か住んでいるのだろうかと思えるほど荒れた宿に見えました。それにしても世を無常と思えばこれほどの粗末な住まいも、大梵高塔([梵天=仏教の守護神の住む宮殿])にも思えるものだと思えば、主の貴さもさらに増して、今宵の我が身が恥ずかしくなるばかりでした。庭の松の枝に吊るした、ほの暗い鉄灯篭の光で軒先を照らして、障子一枚の内には振鈴の音が、早まらず遅くもならず、四曼不離([四曼=真言密教の四種の曼荼羅が互いに融通して離れないこと])の夜毎の行業([仏道の修行])にすっかり慣れてしまったのか、籬([竹や柴などで目を粗く編んだ垣根])の虫が驚く様子もありませんでした。横笛は今は心を決めて、とんとんと門を叩きましたが返事はありませんでした。玉を延ばしたような白い細腕がしびれるほど叩きましたが返事はなく、横笛は心が通わないと、しばらく門下に佇んで、鈴の音が絶えるのを待って再び門を叩くと、内から主の声で、「世を隔てたこの庵に、夜陰([夜中])に訪ねる人があるとは思いません、恐らく門違いではありませんか」と聞こえました。横笛はひそめていた声に力を入れて、「ひとかたでない訳あって、夜中に修行のお邪魔に参りました。庵は往生院とお見受けしましたが、主の御身は、小松殿(平重盛しげもり)のお御内であられる斎藤滝口殿(斎藤時頼ときより)ではあられませんか」と訊ねました。滝口は「いかにもわたしが世にあった時の名は斎藤滝口でしたが、我が名を訊ねるあなたははいったいどなたでしょうか」と答えました。横笛は「わらわは中宮(平清盛の娘、徳子)の雑仕([下級女官])で横笛と申す者です、思うに任せない世の義理に隔てられ、世にもありがたき厚きお情けに心ないつれない事の数々、今の身の上とお聞きして、悲しくも苦しくも、女の狭い胸一つには納めきれずに、知られることなく永遠の別れとなることも悲しく、一つにはわらわが本心を打ち明け、あなた様の恨みのほどをお聞きするためにここまで迷ひ来たのです。ここ開けてくださいませ滝口殿」。横笛はそう言うとそのまま、門の扉に身を寄せて、声を忍んで泣くばかりでした。


続く


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by santalab | 2014-03-06 21:45 | 滝口入道 | Comments(0)

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