Santa Lab's Blog


「滝口入道」一念(その2)

月少々西に傾きて、草葉に置ける露白く、桂川の水音かすかに聞こえて、秋の夜寒よさむに立つ鳥もなき真夜中頃、往生院の門下に虫と共に泣き暮らしたる横笛、哀れや、紅花緑葉の衣装、涙と露に絞るばかりになりて、濡れし袂に包みかねたる恨みの数々は、そもいづこまでも浮世ぞや。我から踏める己が影も、しをるる如く思ほえて、つれなき人に較ぶては、月こそ中々に哀れ深けれ。横笛、今はとて、涙に曇る声張り上げて、「のう、滝口殿、葉末の露とも消えずして今まで立ちつくせるも、わらはが真心打ち明けて、許すとの御身が一言聞かんがため、夢と見給ふ昔ならば、つれなかりし横笛とは思ひ給はざるべきに、などかくは慈悲なくあしらひ給ふぞ、今宵ならでは世を換えても相見ることのありとも思えぬに、のう、滝口殿」。




月は少々西に傾いて、草葉に置く露白く、桂川([今の京都市西部を流れる川])の水音がかすかに聞こえて、秋の夜寒に飛び立つ鳥もない真夜中頃、往生院の門下に虫と共に泣き暮らす横笛でした、悲しみは、紅花緑葉の衣装が、涙と露に絞るほどになって、濡れた袂に包むこともままならず悲しみに沈む、浮世はどこまでも浮世なのでした。自ら踏む自分の影さえ、力が抜けていくような気がして、つれない人と比べれば、月の方が情けありげでした。横笛は、今はこれきりと、涙に詰まる声を張り上げて、「もし、滝口殿、葉末の露と消えることもなく今まで立ちつくすのも、わたしの本心を打ち明けて、許すと申されるあなたの一言を聞きたいがため、夢とも思える昔ならば、つれない横笛がこのようなことを申すとも思われなかったでしょうが、どうしてこれほどまでに無慈悲なのでございましょう、今宵のほかに世を換えてもお会いすることもないと思われますのに、もし、滝口殿返事をしてくださいませ」。


続く


[PR]
by santalab | 2014-03-06 22:57 | 滝口入道

<< 「滝口入道」一念(その3)      「滝口入道」一念(その1) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧