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「滝口入道」登科(その1)

胸中一恋字を擺脱はいだつすれば、すなはち爽浄、十分自在。人生最も苦しきところ、ただただその心。さればにや失意の情に世をあぢきなく観じて、嵯峨の奥に身を捨てたる斎藤時頼ときより、滝口入道とのりの名に浮世の名残りを留むれども、心は生死しやうじの境ひを越えて、瑜伽三密ゆがさんみつの行の外、月にも露にも唱ふべき哀れは見えず、荷葉かせふの三衣、秋の霜に堪へ難けれども、一杖一鉢に報謝を求むるの外、他に望みなし。げにや輪王りんのう位高けれども七宝しつぽう終に身に添はず、雨露うろしのがぬのきの下にも円頓ゑんどんの花は匂ふべく、真如しんによの月は照らすべし。あしたに稽古の窓に寄れば、垣をかすめてなびく露は不断の煙、夕べに賛仰さんがうの嶺をづれば、壁を漏れて照る月は常住じやうぢゆうともしび、昼は御室おむろ太秦うづまさ、梅津の辺を巡錫じゆんしやくして、夜に入れば、十字の縄床じようしやう結跏趺坐けつかふざしてうんあの行業かうごふに夜の白むを知らず。されば僧坊に入りてよりいまだ幾日も過ぎざるに、苦行難業に色黒み、骨立ち、一目にては十題判断の老登科らうとくわとも見えつべし。あはれ、厚塗りの立烏帽子にびんを撫げ上げし昔の姿、今いづくにある。今年二十三の若者とは、如何にしても見えざりけり。




胸中のただ「恋」一字を擺脱([除き去ること])することができるのならば、たちまち気持ちは晴れ、心も体も自由になれるのです。人生で最も苦しいのは、恋に悩む心なのです。故に失意を覚えて世をつまらないものと見て、嵯峨(今の京都市右京区)の奥に身を捨てた斎藤時頼でした、滝口入道と法名に浮世の名残りを留めていましたが、心は生死([生まれては死に、死んでは生まれる苦しみ・迷いの世界])の境地を越えて、瑜伽三密([三密瑜伽]=[行者の三密と仏の三密とが相応・融合すること])の修行のほかに、月にも露にも嘆き悲しむことなく、荷葉([荷葉座]=[蓮の葉の形をした仏像を安置する台座])に向かい合う三衣([僧衣])は、秋の霜に堪え難いものでしたが、一杖一鉢([僧侶が携帯するささやかな持ち物])に報謝([巡礼や托鉢僧などに施し与えるもの])を求めるほかは、他に望みはありませんでした。輪王([転輪王]=[古代インドの伝説上の理想的国王])は位は高くはありましたが七宝([仏教で七種の宝]。ここでは、解脱=悟りのこと)を会得することはありませんでした、雨露もしのげない軒の下にあっても、円頓([実相をたちまち悟って成仏すること])し蓮華の花が匂い、真如([永久不変の真理])の月の光も照らすこともあるでしょう。朝に修行の窓に寄ると、垣をかすめるかのようにたなびく露はとだえることのない煙となって、夕べに賛仰([聖人や偉人の徳を仰ぎ尊ぶこと])するために山に登れば、岩壁から漏れる月は常住([永遠不滅])の灯のようでした、滝口は昼は御室(今の京都市右京区)、太秦(同じく京都市右京区)、梅津(同じく京都市右京区)の辺りを巡錫([僧が、各地をめぐり歩いて教えを広めること])して、夜になれば、十字の縄床([縄を張ってつくった粗末な腰掛け])に結跏趺坐([座禅])してうんあ([阿吽あうん]=[梵字の十ニ字母の、初めにある阿と終わりにある吽])の行業([修行])に夜が明けるのも知りませんでした。こうして滝口は僧坊に入ってまだ幾日も過ぎていませんでしたが、苦行難業に色は黒くなり、骨が目立ち、一目では十題判断([論義で、五人の問者から出される十題の問に、一人で答えること。また、それができるほどの知識・力量をそなえていること])の老いた登科([非常にすぐれた人])と見分けがつきませんでした。ああ、厚塗りの立烏帽子に鬢([耳ぎわの髪])を撫で上げていた昔の姿は、今はどこにもありませんでした。今年二十三歳の若者には、どうしても見えませんでした。


続く


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by santalab | 2014-03-06 23:11 | 滝口入道

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