Santa Lab's Blog


「滝口入道」散花(その1)

夜もすがら恩義と情けのちまたに立ちて、いづれをそれと定めかねし滝口が思ひ極めたる直諫ちよくかんに、さすがに御身の上を恥じらひ給ひてや、言葉もなく一間に入りし維盛これもり卿、ああ思へば君が馬前の水つぎ取りて、「大儀ぞ」の一声をこの上なき誉れと人も思ひ我も誇りし日もありしに、如何に末の世とは言ひながら、露忍ぶ木陰もなく彷徨さまよひ給へる今の痛はしきに、こころよき一夜の宿もとくせず、目のあたり主を恥ぢしめて、忠義顔なる我はそも如何なる因果ぞや。末望みなき落人故のこのつれなさと我を恨み給はんことのうたてさよ。あはれ故内府在天の霊も照覧あれ、血を吐くばかりの滝口が胸の思ひ、いささか二十余年の御恩に報ゆるの寸志にて候ふぞや。




夜通し重盛(平重盛しげもり)への恩義と維盛(平重盛の嫡男、維盛これもり)への情けの間で滝口(斎藤時頼ときより)の心は揺れ動いて、どちらを取るとも決めかねたあげく決心して維盛に直諫([遠慮することなく率直に目上の人を、いさめること])申し上げましたが、さすがに身の上を恥じてか、維盛は言葉もなく一間に入りました、ああ思い起こせば君(維盛)の馬前の水を注いで、「ご苦労であった」の一言をこの上ない名誉と人も思い我も誇りに思った日もありましたが、いくら世末とは言え、露を凌ぐ木陰もなくさまよう維盛の今の有様を不憫に思いながらも、心地よい一夜の宿を提供することもできず、面と向かって主であるはずの維盛をはずかしめて、忠義顔([いかにも忠義であるようなふりをすること])をする我にはいったいどのような因果([前に行った善悪の行為が、それに対応した結果となって現れること])があるというのでしょうか。行く末に望みもない落人だからこそつれなくされるのだとわたしを恨まれることだろうと思えばつらくなる滝口でした。ああ故内府(重盛)の天にまします御霊もきっと見ておられることでしょう、血を吐かんばかりの滝口の苦しい胸の思いは、多少とも二十年余りの重盛の恩に報いるわずかばかりの寸志([心ざし])でした。


続く


[PR]
by santalab | 2014-03-07 22:44 | 滝口入道

<< 「滝口入道」散花(その2)      「滝口入道」男泣(その5) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧