Santa Lab's Blog


「宇津保物語」俊蔭(その4)

唐土に至らむとするほどに、あたの風吹きて、三つある船(ちなみに三船による遣唐使は記録に残っていないようです、二船、四船はありますが)、二つは損はれぬ。多くの人沈みぬる中に、俊蔭としかげが船は、波斯はし国に放たれぬ。その国の渚に打ち寄せられて、便りなく悲しきに、涙を流して、「七歳より俊蔭が仕うまつる本尊、現れ給へ」と、観音の本誓ほんぜいを念じ奉るに、鳥、けだものだに見えぬ渚に、鞍置きたる青き馬、出で来て、踊りありきていななく。俊蔭七たび伏し拝むに、「馬走り寄る」と思ふほどに、ふと首に乗せて、飛びに飛びて、清く涼しき林の栴檀せんだんの陰に、虎の皮を敷きて、三人の人、並び居て、きんを弾き遊ぶ所に下ろし置きて、馬は消え失せぬ。俊蔭、林のもとに立てり。三人の人、問ひて言はく、「かれは、何ぞの人ぞ」。俊蔭答ふ、「日本国の王の使ひ、清原俊蔭なり。ありしやうは、かうかう」と言ふ時に、三人、「あはれ、旅人にこそあなれ。しばし宿さむかし」と言ひて、並べる気の陰に、同じき皮を敷きて、居ぬ。俊蔭、もとの国なりし時も、心に入れしものは琴なりしを、この三人の人、ただ琴をのみ弾く。されば、添ひ居て習ふに、一つの手残さず習ひ取りつ。




唐に近付くにつれて、害をなす風が吹いてきて、三つあった船の、二つは難破してしまいました。多くの人が海の中に沈んでしまいましたが、俊蔭の船だけは、波斯国(ペルシア、今のイランのことですが地理的に見てベトナムあたりが妥当か)に流れ着きました。波斯国の渚に打ち寄せられて、何の頼むものもなくただ悲しくて、涙を流して、「七歳より俊蔭が仕える本尊よ、どうか現れてわたしをお助けください」と、観音の本願(誓い)を念じていると、鳥、獣さえ見えない渚に、鞍を載せた白馬が、どこからともなく出てきて、踊るように歩いてきていななきました。俊蔭は七度伏して拝むと、「馬が走り寄ってくるぞ」と思ったとたん馬は、さっと俊蔭を首に乗せて、飛ぶように走り、清らかで涼しい林の栴檀(センダン科)の陰に、虎の皮を敷いて、三人の人が、並んで座って、琴を弾いて遊んでいる所に俊蔭を下ろして、馬はどこかへ消えてしまいました。俊蔭は、林の木の下に立っていました。三人の人が、俊蔭に尋ねて言うには、「お主は、いったいどこの人じゃ」。俊蔭は答えて、「わたしは日本国の王の使いで、清原俊蔭といいます。ここにいるのは、こういう訳です」と言うと、三人は、「かわいそうにな、旅人じゃったか。少しの間休んでいきなさい(『宿さむかし』=『宿す』の未然形『宿さ』+意志の助動詞『む』の連体形『む』+終助詞『かし』)」と言って、並んだ木の陰に、同じ虎の皮を敷いて、俊蔭を座らせました。俊蔭は、日本国に居た時に、琴に興味がありました、この三人の人は、ただ琴を弾いていました。俊蔭は、そばに付いて琴を習い、一手残さず習得しました。


続く


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by santalab | 2014-04-05 08:32 | 宇津保物語

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