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Santa Lab's Blog


「宇津保物語」俊蔭(その28)

かくて、御社にで着き給ひて、神楽奉り給ふに、若小君、「昼見えつる人、何ならむ。いかで見む」と思して、暗く帰り給ふに、人に立ち遅れて、皆人渡り果てぬるに、若小君、かの家の、秋の空静なるに、見巡りて見給へば、野ら、藪のごと恐ろしげなるものから、心ありし人の、急ぐことなくて、心に入れて作りし所なれば、木立ちより始めて、水の流れたる様、草木の姿など、をかしく見所あり。よもぎむぐらの中より秋の花はつかに咲き出でて、池広きに、月面白く映れり。恐ろしきこと思えず、面白き所を分け入りて見給ふ。秋風、河原風交じりて早く、くさむらに虫の声乱れて聞こゆ。月、隈なうあはれなり。人の声、聞こえず。かかる所に住むらむ人を思ひ遣りて、独り言に、

虫だにも あまた声せぬ 浅茅生に 一人住むらむ 人をこそ思へ

とて、深き草を分け入り給ひて、屋のもとに立ち寄り給へれど、人も見えず、ただすすきのみ、いと面白くて招く、隈なう見ゆれば、なほ近く寄り給ふ。




こうして、賀茂神社に着いて、神楽(神をまつるために奏する舞楽)を奉納すると、若小君は、「昼に見た人は、いったい誰だろう。どうにかして逢いたいものだ」と思って、暗くなってからの帰りがけ、人から遅れて、みんなもう帰ってしまったのに、若小君だけが、俊蔭の家の、秋の空もすっかり静まった頃、まわりをうろうろして見ると、庭は、藪のように恐ろしいまでにおい茂っていましたが、風流を知る人が、急ぐこともなく、精魂込めて作った所のようで、木立ちから流れだす、水の流れの様子や、草木の形など、格別の趣がありました。蓬、葎の中から秋の花がわずかに咲き出して、池は広く、月が映って風情がありました。若小君は恐ろしいとは思わず、興味のある所に分け入ってみました。秋風は、河原風と交じって早く吹き、叢には虫の声が入り混じって聞こえました。月には、雲がかかっておらず情趣がありました。人の声は、聞こえません。こんな所に住んでいるであろう人に同情して、

虫さえも遠慮がちに鳴くあさの生い茂ったこのような場所に、たった一人で住む人を思うと心配です。

と言って、深い草が生えている場所を分け入って、家の近くに近付きましたが、人は見えませんでした、ただ薄だけが、とても滑稽に手招きしたので、あたりを見わたしてから、より近く寄りました。


続く


by santalab | 2014-04-20 08:17 | 宇津保物語

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