心弱くも、祐成は、引かるる袖に立ち返り、「さぞ思すらん。このほどは、立つ名の余所にや漏るると、粗略はなきを、何となく打ち守られける、本意なさよ」と、細々と語りて、「今宵は、ここに留まりつつ、枕の上の睦言を、夢にもさぞと思へども、さして所望の子細あり。いざさせ給へ」とて誘ひ、乗りたる馬に打ち乗せ、曽我の里へぞ帰りける。日来、世になし物の君を思ふとて、内々母の制し給ふ由、ほの聞きければ、幾程あるまじき身の、心苦しく思はれ奉らじとて、母が許より北に造りたる家あり、ここに隠し置きぬ。
決心は揺らいで、祐成(曽我祐成)は、虎御前(大磯の遊女。祐成の妾)に引かれた袖に立ち返り、「情けのない者と思っているのだな。今までは、わたしの名が外に漏れると思って、いい加減な扱いをするつもりはなかったが、何となく自分かわいさから、心にもない振る舞いだったな」と、詳しく話して、「今夜は、ここに泊まって、枕の上の睦言([男女の寝室での語らい])をと、夢にさえ見るほどに思っているが、それにも増して思うところがあるのだ。さあ参ろう」と申して手を取り、乗って来た馬に虎御前を乗せると、曽我の里(現神奈川県小田原市)へ帰って行きました。日頃より、世に亡き者にしようとする君(源頼朝)に憚って、内々母が他所に行かないようにと思っていることを、かすかに聞いていました、先幾許ほどの身を、心苦しくさせないようにと、母の許より北に造った家があったので、祐成はそこに虎御前を隠し置きました。
(続く)