これを、皇子聞きて、「ここらの日来、思ひ侘び侍りつる心は、今日なむ落ちゐぬる」とのたまひて、返し、
わが袂 今日乾ければ わびしさの 千種の数も 忘れぬべし
とのたまふ。
かかるほどに、男ども六人、列ねて庭に出で来たり。一人の男、文鋏に文を挟みて申す。「くもんつかさの工匠、漢部の内麻呂申さく、珠の木を作り仕うまつりしこと、五穀を断ちて、千余日に力を尽くしたること、少なからず。しかるに、録いまだ賜はらず。これを賜ひて、悪き家子に賜はせむ」と言ひて、捧げたる。竹取の翁、この工匠らが申すことは何事ぞと傾きをり。皇子は、我にもあらぬ気色にて、肝消え居給へり。
これを、庫持の皇子は聞いて、「長い月日、悲しみに暮れていたわたしの心ですが、今はすっかり消え失せたようです」と言って、
涙で濡れたわたしの袂は今はすっかり乾いてしまいました、侘しく思っていた多くの事も忘れてしまいましょう。
と歌を返しました。
そうこうしていると、男たち六人が揃って庭にやってきました。その中の一人の男が文鋏に手紙を挟んで庫持の皇子に差し出しながらいいました。「内匠寮([内匠寮]、天皇の調度品や儀式用具などを製作する部署)の工匠、漢部内麻呂が申し上げます、『蓬莱の珠』の木を作るためにお仕えするために、穀物も断って、千日余り尽力したことは決して軽いものではありません。しかしながら、賃金をいまだいただいてはおりません。この手紙を受けて、心卑しい人に献上いたします」と言って庫持の皇子に捧げました。竹取りのおじいさんは、この工匠らがいっていることはどういうことなのかと首をかしげました。庫持の皇子は、茫然自失の表情で、すっかり肝を潰してしまいました。
(続く)