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「承久記」公卿罪科の事(その4)

「我右大臣に後れて、かの菩提をとぶらふよりほか他事なし光季みつすゑが討たれしあしたより、宇治の落つる夕べまで、女の心のうたてさは、昔のよしみ心にかかり、兄弟をも知らず。君の傾ぶかせ給ふをも忘れて、三代将軍の跡の亡びん事を悲しみて、『南無八幡大菩薩守らせ給へ』と、心の内に祈りて候ひし。この事、忠信ただのぶの卿を助けんとて偽り申し候はば、大菩薩の御慮も恥かしかるべし。数ならぬ身の祈りにいらへて、かかるべしとは思はねども、心ざしを申すばかりなり。しかるに慈悲心には、打ち絶え知らぬ人をも助け哀れむは習ひなり。如何にいはんやまさしき兄を助けざるべき。罪の深さはさこそ候ふらめども、これさしながら我に許すと思し召すべからず。故右大臣殿に許し奉ると思ひなして、忠信の卿の命を助けさせ給へ」と、権大夫殿・二位殿へ仰せられたりければ、「許し奉れ」とて御許し文ありけるに、八月一日遠江とほたふみの国橋本にて逢ひたりければ、預かりの武士千葉介胤綱たねつな、この二位殿・義時よしときの状を見て、許し上せ奉る。




「わたしは右大臣(源実朝。三代将軍)に先立たれて、右大臣の菩提([死後の冥福])を弔うばかりです。光季(伊賀光季)が討たれた朝より、宇治で大勢の者たちが討たれた夕べまで、女の身であることがつらく、昔の縁ばかりが気になって、兄弟のことを思い出すこともありません。君(後鳥羽院)が勢いを失われたことも忘れ、ただ三代将軍(実朝)の跡継ぎが途絶えたことだけを悲しみ、『南無八幡大菩薩よ源氏をお守りくださいませ』と、心の内で祈っております。これは、忠信卿(坊門忠信)を助けようと偽り申すつもりはありません、八幡大菩薩の慮りに恥じることになりますので。数ならぬわたくしの祈りが通じて、願いが叶うとも思いませんが、ただ我が思いばかりを祈っているのです。二位殿(北条政子)の慈悲心は、すべて見知らぬ人も助け哀れむと聞いております。どうして兄(忠信)をお助けにならないことがありましょう。罪はさぞや深いことでしょうが、これをわたくしに許すと思わないでください。故右大臣殿(実朝)に許されるとお思いになられて、忠信卿の命をお助けくださいませ」と、権大夫殿(北条義時。北条政子の弟)・二位殿(北条政子)に届けると、「許しましょう」と許し文([赦免状])を出されました、八月一日遠江国の橋本(現静岡県湖西市)で落ち合って、預かり([預かり人]=[身柄を引き受けて監視や世話をする者])の武士千葉介胤綱(千葉胤綱)は、、この二位殿・義時の状を見て、忠信を許し京に上らせました。


続く
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by santalab | 2014-05-17 09:27 | 承久記 | Comments(0)

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