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「承久記」公卿罪科の事(その6)

同じき十日、中御門の入道前の中納言宗行むねゆきの卿は、菊川にて、「昔南陽県の菊水の下流を汲みよはひを延び、今は東海道の菊川の西岸に宿り命を失ふ」とぞ宿の柱に書き付け給ふ。同じき十三日、駿河の国浮島が原にて、

今日過ぐる 身は浮島が 原にてぞ 露の命を きり定めぬる

同じき十四日のたつの刻に、相沢と言ふ処にて、つひに斬られ給ひぬ。




同じ七月十日、中御門入道前中納言宗行卿(藤原宗行)は、菊川(現静岡県島田市)で、「昔は南陽県(河南省南陽)の菊水(不老長生の霊泉)の水を汲んで永らえたというが、今は東海道の菊川の西岸で命を失うか」と宿の柱に書き付けました。同じ七月十三日、駿河国浮島が原(静岡県東部のの田子ノ浦沿いの低湿地)で、

今日を過ぎれば、我が身はこの浮島が原で、はかない命を終えることだろう。

同じ七月十四日の辰の刻([午前八時頃])に、相沢(神奈川県横浜市瀬谷せや区相沢)という所で、終に斬られました。


続く
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by santalab | 2014-05-19 09:08 | 承久記 | Comments(0)

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