夜半過ぐるほどに、月にはかに掻き曇り、雨荒く電して、牛頭馬頭の阿放羅刹ども、その数を知らず、大庭に群集せり。天地須臾に換尽して、鉄城高く峙ち、鉄の綱四方に張れり。烈々たる猛火燃えて一由旬が間に盛んなるに、毒蛇舌を延べて焔を吐き、鉄の犬牙をといで吠え怒る。僧これを見て、あな恐ろし、これは無間地獄にてぞあるらんと恐怖して見居たるところに、火の車に罪人を一人乗せて、牛頭馬頭の鬼ども、轅を引いて虚空より来たれり。待つて怒れる悪鬼ども、鉄の俎の盤石の如くなるを庭に置きて、その上にこの罪人を取つてあをのけに伏せ、その上にまた鉄の俎を重ねて、諸々の鬼ども膝を屈し肱を延べて、ゑいや声を出だし、「ゑいやゑいや」と押すに、俎の外れより血の流るる事油をしたづるが如し。これを受けて大きなる鉄の桶に入れ集めたれば、ほどなく十分に湛えて滔々たる事夕陽を浸せる江水の如くなり。
夜半を過ぎるほどに、月はたちまち掻き曇り、雨は激しく荒く雷が鳴って、牛頭馬頭の阿放羅刹([地獄の牢番])どもが、数知れず、大庭に集まって来ました。天地はあっという間に換尽([地獄の城])に変わり、鉄城が高く立ち上ると、鉄の綱([鎖])が四方に張られました。激しい猛火は燃えて一由旬(約8km)四方は盛りに、毒蛇舌を出して炎を吐き、鉄の犬は牙をむいて吠え怒りました。僧はこれを見て、なんと恐ろしいことか、これは無間地獄([阿鼻地獄]=[八大地獄の第八])にて違いないと恐ろしく思っているところに、火の車に罪人を一人乗せて、牛頭馬頭の鬼どもが、轅を引いて虚空よりやって来ました。待ち構えていた悪鬼どもは、鉄の俎の盤石のように大きなものを庭に置いて、その上にこの罪人を仰向けに伏せると、その上にまた鉄の俎を重ねて、鬼どもは膝かがめて肘をのばし、かけ声をかけて、「えいやえいや」と押すと、俎の外からは血が流れまるで油がしたたるようでした。これを受けて大きな鉄の桶に集めると、ほどなく満杯になって溢れ出ましたがまるで夕陽を映した江水(長江=揚子江)のようでした。
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続く)