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「太平記」結城入道堕地獄事(その7)

客位きやくゐの僧これを見て、たましひも浮かれ骨髄こつずゐも砕けぬる心地して、恐しく思へければ、主人の山伏に向かつて、「これは如何なる罪人を、加様かやう呵責かしやくし候ふやらん」と問ひければ、山伏のいはく、「これこそ奥州あうしう住人ぢゆうにん結城上野入道とまうす者、伊勢の国にて死して候ふが、阿鼻あび地獄へ落ちて呵責せらるるにてさふらへ。もしその方様の御縁にて御渡り候はば、跡の妻子どもに、「一日経いちにちぎやう書供養かきくやうして、この苦患このくげんを救ひ候へ」とおほせられ候へ。我はかの入道今度上洛しやうらくせし時、鎧の袖に名を書きてさふらひし、六道ろくだう能化のうげの地蔵薩埵さつたにて候ふなり」と、くはしくこれを教へけるに、そのそのことばいまだへず、暁を告ぐる野寺の鐘、松吹く風に響いて、一声ほのかに聞こへければ、地獄の鉄城てつじやうもたちまちに掻き消すやうに失せ、かの山伏も見へず成つて、旦過たんぐわに坐せる僧ばかり野原の草の露の上に惘然ばうぜんとして居たりけり。




客である僧はこれを見て、魂も浮かれ出て骨髄も砕けるような気がして、恐しくて、主人の山伏に向かって、「これはどんな罪人を、ここまで呵責([厳しくとがめてしかること])しているのです」と訊ねると、山伏が言うには、「これこそ奥州の住人結城上野入道(結城宗広むねひろ)と申す者よ、伊勢国にて死んだが、阿鼻地獄([八大地獄の第八])へ落ちて呵責されておるのじゃ。もしそなたの縁の方ならば、跡の妻子たちに、「一日経([一日のうちに書写し終えた経典])を書供養([供養])して、この苦患([地獄におちて受ける苦しみ])を救え」と申し上げてくださいますよう。わたしは結城入道がこの度上洛した時、鎧の袖に名を書いた、六道能化([六道の巷に現れて、衆生を教化し救う地蔵菩薩の別名])の地蔵菩薩じゃ」と、詳しく教えました、その言葉も終わらぬうちに、暁を告げる野寺の鐘が、松吹く風に響いて、一声かすかに聞こえたと思えば、地獄の鉄城もたちまちに掻き消すように消えて、山伏もいなくなり、旦過([宿泊所])に座っていたと思っていた僧ばかりが野原の草の露の上にぼうぜんとしているばかりでした。


続く
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by santalab | 2014-05-20 08:46 | 太平記 | Comments(0)

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