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「太平記」持明院本院潜幸東寺事(その1)

持明院法皇・本院ほんゐん・新院・春宮とうぐうに至るまで、ことごとく皆山門へ御幸ごかうなし参らすべき由、太田おほた判官はうぐわん全職たけもと路次ろしの奉行として、供奉ぐぶ仕りたるに、本院はかねてより尊氏に院宣ゐんぜんをなし被成下しかば、再び御治世ぢせいの事やあらんずらんと思し召して、北白川きたしらかはの辺より、にはかに御不預ふよの事ありとて、御輿を法勝寺ほつしようじたふの前に舁き据ゑさせて、わざと時をぞ移されける。




持明院法皇(第九十三代天皇後伏見院。ただしこの時すでに崩御)・本院(第九十五代天皇花園院)・新院(北朝初代天皇光厳くわうごん院)・春宮(豊仁ゆたひと親王。後の北朝第二代光明くわうみやう天皇)にいたるまで、一人残らず山門(比叡山)に移られるよう、太田判官全職が路次の奉行として、お供していましたが、本院(花園院)は尊氏(足利尊氏)に院宣を下されたことがあったので、再び位に就くこともあろうかと思われて、北白川(現京都市左京区)の辺より、急に具合が悪くなったと申して、輿を法勝寺(かつて現京都市左京区にあった寺)の塔の前に降ろさせて、わざと時を待ちました。


続く
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by santalab | 2014-05-23 19:28 | 太平記 | Comments(0)

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