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「太平記」金崎東宮並将軍宮御隠の事(その2)

氏光うぢみつ罷りかへつて後、将軍しやうぐんの宮この薬を御覧ぜられてのたまひけるは、「いまだ見へざる先に、兼ねて療治れうぢくはふるほどに我らを思はば、この一室の中に押し籠めて朝暮てうぼ物を思はすべしや。これは定めて病ひをする薬にはあらじ、ただ命をしじむる毒なるべし」とて、庭へ打ち捨てんとせさせ給ひけるを、春宮御手に取らせ給ひて、「そもそも尊氏・直義ら、それほどに情けなき所存を差し挟む者ならば、たとひこの薬を飲まずとものがるべき命かは。これ元来ぐわんらい所願成就じやうじゆなり。この毒を飲み世を早や失せばやとこそ存じ候へ。『それ人間の習ひ、一日一夜をる間に八億四千の念あり。一念悪を起こせば一生いつしやうの悪身を得、十念悪を起こせば十生悪身を受く。乃至ないし千億の念もまたしかなり』といへり。これにしかず一日の悪念のはう、受け尽くさん事なほ難し。いはんや一生いつしやうの間の悪業あくごふをや。




氏光(粟飯原あひはら氏光)が帰った後、将軍の宮(成良なりよし親王。南朝初代後醍醐天皇の皇子)はこの薬をご覧になられて申されるには、「いまだ病いにもなっておらぬ前に、あらかじめ療治([治療])のことを心配するほどにわたしたちのことを思っているならば、この一室の中に押し籠めて朝暮に物思いなどさせるはずもない。これは決して病いを治す薬ではありません、命を縮める毒でしょう」と申して、庭へ捨てようとしましたが、春宮(恒良つねよし親王。南朝初代後醍醐天皇の皇子)は薬を手に取って、「そもそも尊氏(足利尊氏)・直義(足利直義)らが、それほどに情けのないことをする者ならば、たとえこの薬を飲まずとも遁れることのできない命ぞよ。元より願っておった(往生=極楽浄土に生まれ変わること)も成就できるというものよ。この毒を飲み世からすみやかに失せようと思うておるのだ。『人間というものは、一日一夜を経る間にも八億四千の念があると言う。一念の悪心を起こせば一生の悪身を得、十念悪を起こせば十生悪身を受ける。千億の念もまた同じ」と言うぞ。こればかりか一日の悪念の応報など、尽くすことなどできないこと。申すまでもなく一生の間の悪業などとても消すことはできぬ。


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by santalab | 2014-05-27 08:15 | 太平記 | Comments(0)

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