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「承久記」一院隠岐の国へ流され給ふ事(その8)

かくて日数重なりければ、八月五日、隠岐の国海部あま郡へぞ着かせ給ふ。これなん御所とて、入れ奉るを御覧ずれば、浅ましげなる苫葺とまぶきの、こもの天井・竹の簀の子なり。自ら障子の絵などに、かかる住まひ描きたるを御覧ぜしより外は、いつか御目にも懸かるべき。ただこれは生を変へたるかと思し召すもかたじけなし。

我こそは 新島守よ 隠岐の海の 荒き波風 心して吹け




こうして日数が重なって、八月五日に、隠岐国の海部郡(現島根県隠岐郡)に着きました。これが御所ですと申して、後鳥羽院が入られるのを見れば、驚くことに苫葺き([むしろ屋根])に、薦([マコモ=イネ科の多年草。を粗く編んだむしろ])の天井・竹の簀の子([簀の子張りの床または縁])でした。後鳥羽院は描かれた障子の絵などに、このような住まいが描かれているのをご覧になったことはありましたが、ほかに目にしたこともありませんでした。まるで生まれ変わったのかと思うほど粗末な御所でした。

わたしこそが、隠岐島の新しい島守ぞ。隠岐の海の激しい波風よ、どうか手荒く吹くな。


続く
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by santalab | 2014-05-29 09:02 | 承久記

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