海東が郎等これを見て、「二人の主を目の前に討たせ、剰へ首を敵に捕らせて、生きて帰る者や可有」とて、三十六騎の者ども轡を並べて懸け入り、主の死骸を枕にして討ち死にせんと相争ふ。快実これを見てからからと打ち笑うて、「心得ぬものかな。御辺たちは敵の首をこそ捕らんずるに、御方の首を欲しがるは武家自滅の瑞相顕はれたり。欲しからば、すは取らせん」と云ふままに、持ちたる海東が首を敵の中へがはと投げ懸け、坂本様の拝み切り、八方を払うて火を散らす。三十六騎の者ども、快実一人に被切立て、馬の足をぞ立てかねたる。
海東(海東左近将監)の郎等([家来])はこれを見て、「二人の主を目の前で討たれ、その上に首を敵に捕られて、生きて帰れるものか」と言って、三十六騎の者どもは轡を並べて懸け入り、主の死骸を枕にして討ち死にしようと先を争いました。快実これを見てからからと打ち笑って、「不思議なこともあるものよ。お主たちは敵の首を捕る者だが、味方の首を欲しがるとは武家自滅の瑞相([前兆])の顕われか。欲しいのなら、そら取らせよう」というままに、持っていた海東の首を敵の中へ投げると、坂本様の拝み切り([坂本の地から、比叡山を振り仰いで拝むように、 太刀を両手で振りかざして切り下ろす姿勢])、八方を払って火を散らし戦いました。三十六騎の者どもは、快実一人に斬り立てられて、馬の足の休む間もありませんでした。
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続く)