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「太平記」俊基朝臣再関東下向の事(その1)

俊基としもと朝臣は、先年土岐とき十郎頼貞よりさだが討たれし後、召し取られて、鎌倉まで下り給ひしかども、様々に陳じ申されし趣き、げにもとて赦免せられたりけるが、またこの度の白状はくじやうどもに、もつぱら隠謀のくはだて、かの朝臣にありと載せたりければ、七月十一日にまた六波羅へ召し取られて関東へ送られ給ふ。再犯さいほん不赦法令はふれいの定まるところなれば、何と陳ずるとも許されじ、路次ろしにて失はるるか鎌倉にて斬らるるか、二つのあひだをば離れじと、思ひまうけてぞ出でられける。落花らくくわの雪に踏み迷ふ、交野かたのの春の桜狩り、紅葉もみぢの錦を着てかへる、嵐の山の秋の暮れ、一夜を明かすほどだにも、旅宿となれば物憂きに、恩愛の契り浅からぬ、我が故郷ふるさとの妻子をば、行末ゆくへも知らず思ひ置き、年久しくも住み馴れし、九重ここのへの帝都をば、今を限りとかへり見て、思はぬ旅に出で給ふ、心の内ぞあはれなる。




俊基朝臣(日野俊基)は、先年土岐十郎頼貞(土岐頼貞)が討たれた後、捕えられて、鎌倉まで下りましたが、様々に陳じ申して、嫌疑なしと赦免されましたが、またこの度の白状に、主に隠謀の企てが、俊基朝臣によるものだと載せられて、七月十一日にまた六波羅へ捕えられて関東へ送られることになりました。再犯不赦は法令に定まるところでしたので、何と陳じようとも許されることはありませんでした、路次で失われるか、鎌倉で斬られるか、二つのほかはないと、思い定めて出て行きました。落花の雪に踏み迷う、交野(現大阪府交野市)春の桜狩り、紅葉の錦を着て帰る、嵐山(現京都市西京区)の秋の暮れ、一夜を明かすほどでも、旅宿となれば物悲しいものですが、恩愛の契り浅からぬ、我が故郷の妻子を、行末も知らず残して、年久しく住み馴れた、九重([宮中])の帝都を、今を限りと振り返り、思いもしなかった旅に出て行く、心の内は悲しいものでした。


続く
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by santalab | 2014-06-09 21:45 | 太平記 | Comments(0)

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