荒れぬる宿とは思へども、枕並べし睦言の、出でぬる別れ路は、今も打ち添ふ心地して、起きもせず、寝もせで、物を思ひ居たるところに、馬に鞍置き引つ立つる、使ひは来たり木幡山、君を思へば心から、上の空にや籠るらん。母も立ち出でて、急ぐと言へば、打ち出でぬ。自づから成る道の辺、我が方遠く成り行けば、そことも知らぬ鞠子川、蹴上げて波や渡るらん。湯坂峠を上るにも、別れし人、この道を、かくこそ通ひなれしと、思ひ遣らるる梓弓、矢立ての杉を見上げつつ、その人々の射ける矢も、この木の枝にあるらんと、梢の風もなつかしく、山路はるばる行くほどに、箱根の坊に着きけり。
虎御前はすっかり荒れてしまった宿と思いながらも、枕を並べて睦言([男女の寝室での語らい])し、別れ路に出て行ったあの日のことが、まるで昨日今日のように思えて、起きもせず、寝もせずに、思いに沈んでいました、馬に鞍を置いて引き立てられ、使いがやって来ました(木幡山は、現福島県にある山)。虎御前は君(祐成)を思っていましたので、上の空([他の事に心が奪われて、そのことに注意が向かないこと])のように思えました。母が部屋を出て、急ぎますよと申したので、虎御前もやっと殿を出ました。道なりに進めば、虎御前が住む大磯(現神奈川県中郡大磯町)は遠ざかり、そことも知らぬ鞠子川(酒匂川。現神奈川県小田原市で相模湾に注ぐ)を、馬を蹴上げて波を渡ったのでしょうか。湯坂峠(湯坂道。箱根湯本から浅間山、鷹巣山に至る鎌倉古道)を上っている時も、別れた人(祐成)は、同じように通ったのでしょうと、思いながら梓弓のように峠を折り返し、矢立杉(現神奈川県足柄下郡箱根町にある箱根神社の矢立杉)を見上げては、この人々の射た矢も、この木の枝にあるかもしれないと、思えば梢の風もなつかしく、山路をはるばる行くほどに、箱根の僧坊に着きました。
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続く)