一萬は、顔打ち赤め、打ち傾きて居たり。筥王は、打ち笑ひ、「乳母が申し成しと思えたり。更に後先も知らぬ事なり」と申しければ、母聞きて、「今より後、思ひも寄らざれ。構へて構へて」と言ひて立ちぬ。その後は、余所目を忍びて、弟兄は語りけれども、人には更に知らせざりけり。ある日の徒然に、友の童もなく、軒の松風、耳に留まり、暮れ遣らぬ日は、一萬門に出でて、人目を忍び、さめざめと泣きけり。筥王も同じく出でけるが、兄が顔をつくづくと見て、「何を思ひ給へば、兄子は、向かひの山を見て、さのみ泣かせ給ふぞや」と言ふ。兄が聞きて、「さればこそとよ、何とやらん、殊の外に、父の面影思ひ出でられて、恋しく思ゆるぞ」と言ひければ、「愚かに渡らせ給ふものかな、思ひ給ふとも、父の帰り給ふまじ。帰り給へ。童どもの、また参り候ふに、囃子物して遊び候はん」とて、打ち連れて帰る時もあり。
一萬は、顔を赤らめて、顔を伏していました。筥王は、笑って、「乳母が告げ口したと思いました。わたしは何も知りません」と言うと、母はこれを聞いて、「これより後は、よくよく考えなさい。とにかく用心しなさい」と言って部屋を出て行きました。その後は、余所目を忍んで、兄弟は話しをしましたが、人には何も言いませんでした。ある日何もすることがなく、友の子どももいなくて、軒の松風ばかりが、耳に付いて、中々日が暮れない日に、一萬は門に出て、人目を忍んで、さめざめと泣きました。筥王も一緒に外に出ましたが、兄の顔をじっと見て、「何を思って、兄は、向こうの山を見て、そんなに泣くのです」と言いました、兄はこれを聞くと、「どうしてかな、なんとなく、いつもにも増して、父の面影が思い出されて、恋しく思うのだ」と言うと、「情けないことを言わないでください、思ったところで、父が戻って来るわけではありません。戻りましょう。子どもたちが、やって来ます、囃子物([笛・鼓・太鼓などではやしながら歌舞・物真似などを行うもの])をして遊びましょう」
と申して、一緒に帰る時もありました。
(
続く)