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「曽我物語」伊東を調伏する事(その3)

これ、まことに神慮にも背き、子孫も絶えぬべき悪事なるをや。たとひ他人なりと言ふとも、親やうじてゆづうえは、違乱いらんの義あるべからず。増して、これは、寂心じやくしん、内々継娘ままむすめの許に通ひて、まうけたる子なり。まことには兄なり。譲りたる上、争ふ事、無益むやくの由、余所余所にもまうし合ひけり。しかれども、祐親すけちか止まらで、対決度々に及ぶといへども、譲状ゆづりぢやうを捧ぐるあひだ、伊東が所領しよりやうに成りて、河津かはづは負けてぞ下りける。




これは、まことに神慮にも背き、子孫も絶えるほどの悪事でした。たとえ他人であるといえども、親(伊東祐隆すけたか)が養育し譲った上は、違乱([秩序を乱すこと])することではありませんでした。まして、嫡男祐継(工藤祐継すけつぐ)は、寂心(祐隆)が、内々継娘の許に通って、設けた子でした。実の兄だったのです。親が譲った上は、争ったところで、無益であることを、ほかの者たちも言い合っていました。けれども、祐親はなおもあきらめきれずに、対決は度々に及びましたが、祐親は譲状([財産の譲渡を証する証文])を持っていましたので、結局伊東(祐継)の所領となって、結局河津(祐親)は負けました。


続く
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by santalab | 2014-06-21 08:16 | 曽我物語

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