入道の宮の渡り始め給へりしほど、その折はしも、色にはさらに出だし給はざりしかど、事に触れつつ、あぢきなの業やと、思ひ給へりし気色の哀れなりし中にも、雪降りたりし暁に立ち休らひて、我が身も冷え入る様に思えて、空の気色激しかりしに、いとなつかしうおいらかなるものから、袖のいたう泣き濡らし給へりけるを引き隠し、責めて紛らはし給へりしほどの用意などを、夜もすがら、「夢にても、またはいかならむ世にか」と、思し続けらる。
入道の宮【女三の宮】が六条院(春の御殿)に移って来た、その時には、紫の上はつらそうな顔をしませんでしたが、事ある事に、やりきれなさそうな、悲しそうな表情をしていましたが中でも、雪が降った明け方に部屋の外にたたずむその顔は、体も凍えてしまいそうなほど、空模様の荒れた日のことでしたが、とてもかわいらしく穏やかそうには見えたものの、ひどく泣き濡らした顔を袖で引き隠して、気付かれないようにしていたことなど、一晩中思い出しては、六条院【光源氏】は「夢でもいいから、ただもう一度逢いたい」と、思い続けるのでした。
(続く)