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「源氏物語」幻(その7)

「我さへうち捨てては、この人々の、いとど嘆き侘びむことの、あはれにいとほしかるべき」など、見渡し給ふ。忍びやかにうち行ひつつ、経など読み給へる御声を、よろしう思はむことにてだに涙止まるまじきを、増して、袖のしがらみ堰き敢へぬまで哀れに、明け暮れ見奉る人々の心地、尽きせず思ひ聞こゆ。「この世につけては、飽かず思ふべきこと、をさをさあるまじう、高き身には生まれながら、また人より殊に、口惜しき契りにもありけるかな、と思ふこと絶えず。世のはかなく憂きを知らすべく、仏などの置きて給へる身なるべし。それをひて知らぬ顔に永らふれば、かく今はの夕べ近き末に、いみじき事の閉ぢめを見つるに、宿世のほども、みづからの心の際も、残りなく見果てて、心安きに、今なむ露のほだしなくなりにたるを、これかれ、かくて、ありしよりに目馴らす人々の、今はとて行き別れむほどこそ、今一際の心乱れぬべけれ。いとはかなしかし。悪ろかりける心のほどかな」とて、御目押しのごひ隠し給ふに、紛れず、やがてこぼるる御涙を、見奉る人々、増して堰き止めむ方なし。さて、うち捨てられ奉りなむがうれはしさを、各々うち出でまほしけれど、さもえ聞こえず、むせかへりて止みぬ。




六条院【光源氏】は「わたしが出家すれば、女房たちが、さらに嘆き悲しむことを思えば、哀れでとてもできない」などと、まわりを見渡して思うのでした。ひっそりと勤めをして、経などを唱える声は、清らかで涙を止めることができないほどでしたが、まして、袖の柵(『涙川 落つる水上 早ければ せきぞかねつる 袖の柵』=『涙がとめどなく流れて、袖の柵ではとても堰き止めることができません』)ほどに哀れに思い、明け暮れ仕える女房たちにとっては、悲しさが尽きることがないほどに思わえるのでした。六条院【光源氏】は「この世に、飽きず思い続けるものなど、まったくないものよ。身分高い身として生まれたが、また人以上に、甲斐のない因縁([前世から定まった運命])でもあったのだろう、と絶えず思っていました、世ははかなく悲しいものであることを知らせるために、仏が与えられた我が身に違いない。それをあえて知らん顔をして長く世を過ごして来たために、こうして今人生の終わりになって、つらい結末を迎えることになってしまったのだろう、宿世([前世からの因縁])も、己の心の際([心持ちの程度])も、残すところなく知り尽くして、安心して、今はわずかの絆し([人の心や行動の自由を縛るもの])もない、何につけ、こうして、紫の上(光源氏の妻)がいた頃に増して慣れ親しむようになった女房たちとも、今を限りと生き別れる時には、よりいっそう心は乱れることだろう。どうしようもないことではあるが。往生際が悪いな」と言って、涙を袖で押し拭って隠そうとするものの、隠し切れずに、やがてこぼれる涙を、見る女房たちは、増して涙を堰き止めることができませんでした。六条院【光源氏】が亡くなれば、後に残される女房たちはその悲しみを、誰もが申し上げようと思いながらも、言い出せずに、むせび泣くばかりでした。


続く


by santalab | 2014-06-26 08:30 | 源氏物語

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