春深くなく行くままに、御前の有様、古に変らぬを、愛で給ふ方にはあらねど、静心なく、何事につけても胸痛う思さるれば、大方この世の外の様に、鳥の音も聞こえざらむ山の末ゆかしうのみ、いとどなり増さり給ふ。
春は深まりましたが、前庭の眺めは、紫の上がいた頃と変わるところはありませんでした。御前の景色を見るにつけても、六条院【光源氏】は紫の上を思い出して心は落ち着くことなく、何につけても胸が痛むので、この憂き世から逃れて、鳥の声さえも聞こえない山奥に入りたいと、思う気持ちが日に日に増さりました。
(続く)