何事に付けても、忍び難き御心弱さの慎ましくて、過ぎにし事いたうものたまひ出でぬに、待たれつる山ほととぎすのほのかにうち鳴きたるも、「いかに知りてか」と、聞く人ただならず。
「亡き人を 偲ぶる宵の 村雨に 濡れてや来つる 山ほととぎす」
とて、いとど空を眺め給ふ。大将、
「ほととぎす 君につてなむ ふるさとの 花橘は 今ぞ盛りと」
女房など、多く言ひ集めたれど、止めつ。大将の君は、やがて御宿直に
候ひ給ふ。寂しき御一人寝の心苦しければ、時々かやうに候ひ給ふに、おはせし世は、いと気遠かりし
御座のあたりの、いたうも立ち離れぬなどにつけても、思ひ出でらるることも多かり。
六条院【光源氏】は何に付け、紫の上のことが思い出されて悲しみは忍び難く、昔のことをほとんど話すことはありませんでしたが、待っていた山ほととぎすがかすかに鳴くと、「いかに知りてか」(『いにしへの こと語らへば ほととぎす いかに知りてか 古声のする』=『昔の話をしていることを、どうして知ったのかほととぎすよ。あの時と同じ声で鳴いておる』。『古今六帖』)と、六条院【光源氏】は驚くのでした。
「亡き紫の上を恋しく思っている今夜だからこそ、村雨に濡れてまでどの山からやって来たのだ、山ほととぎすよ。」
と口ずさんで、空を眺めていました。大将【夕霧】は、
「ほととぎすよ、君【紫の上】に伝えてほしい。ふるさとの橘の花は、今が盛りだと。」
女房たちも、多く歌を詠みましたが、書きません。大将の君【夕霧】は、そのまま六条院に泊まりました。六条院【光源氏】が寂しく一人寝をされるのが心苦しくて、時々こうして訪ねて来ましたが、紫の上がおられた時は、とても遠く感じられた紫の上の御座([居室])が、そう遠くないように思われて、思い出すことが多くありました。
(続く)