かくて、大納言ほどなく帰り上りぬ。御心のままなるべく奏したりとて、院の文殿、議定所に移され、評定衆など、少々変はるもあり。さて世をしたためさせ給ふ事、いと賢う明らかにおはしませば、昔に恥ぢずいとめでたし。御才もいとはしたなう物し給へば、万の事曇りなかんめり。三史五経の御論議なども隙なし。
やがて、大納言(吉田定房)はほどなくして戻りました。お心のままにと奏上されたので、院(第九十六代後醍醐天皇)の文殿([太政官並びに院庁において、公文書や典籍の管理が行われていた場所])は、議定所([朝廷で政治上のことを評議した所])に移され、評定衆([政務・裁判の評議を行う者])など、少々変わりました。世を治められることに、お変わりなくご立派でございましたので、昔の賢皇(第六十代醍醐天皇?)に恥じずおめでたくございました。才能に不足はございませんでしたので、万事明らかでないことはございませんでした。三史(『史記』・『漢書』・『後漢書』)五経(『詩経』・『書経』・『礼経』・『易経』・『 春秋経』)の論議なども常になさっておいででございました。
(続く)