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「増鏡」おどろのした(その5)

同じき三年三月十三日に、法皇隠れさせ給ひにし後は、御門ひとへに世を知ろし召して、四方よもの海波しづかに、吹く風も枝を鳴らさず、世治まり民安くして、あまねき御いつくしびの浪、秋津島の外まで流れ、繁き御恵み、筑波つくば山の陰よりも深し。よろづの道々に明らけくおはしませば、国にざえある人おほく、昔に恥ぢぬ御代にぞありける。中にも、敷島の道なん、優れさせ給ひける。御歌数知らず人の口にある中にも、

奥山の おどろの下も 踏みわけて 道ある世ぞと 人に知らせん

と侍るこそ、まつりごと大事と思されけるほどしるく聞こえて、いといみじくやむごとなくは侍れ。




同じ文治ぶんぢ三年(1192)三月十三日に、法皇(第七十七代後白河院)がお隠れになられた後は、帝(第八十二代後鳥羽天皇)が世を治められて、国内は平穏で、吹く風も枝を鳴らさず、世は治まり民は安心して、慈しみの浪は、秋津島([日本])の外まで流れ、お恵みは、筑波山の陰よりも深いものでございました。どんな道々にも明るくございますれば、国に才能のある人も多く、昔に恥じない時代でございました。中でも、敷島の道([和歌])に、優れておられました。歌は数知れず人の口に上りましたが中でも、

奥山のおどろ([草木・いばらなどの乱れ茂っていること])の下も踏み分けて、前途ある世の中であることを万民に知らせなくては。

と詠まれるほどに、政を大事に思われておられると聞こえて、たいそうありがたいことと思ったものでございます。


続く


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by santalab | 2014-09-12 23:55 | 増鏡

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