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「宇津保物語」俊蔭(その59)

「そは、かくて籠りおはせむ人を、あながちに勧め出だして、見入れぬやうはありなむや」とのたまへば、「母に侍る人に語らひて、聞こえむ」とて、奥へ入りて、「かくのたまはする人なむおはする。いかが聞こゆべき」と言へば、「かく由々しき様を見初め給ひつらむ人の、何とか思すべき。口惜くちをしき品に思ひくたし給ふとも、ことわり、逃れ所なくこそあらめ。また、御心ぞ」と言へば、「まろが思ふやうは、『この山に住むこと、八年になりぬ。憂きことも、悲しきことも、思ひ馴れにたり。何しにか出でむ。かくて過ぐしてむ』となむ思ふ」と言へば、「さればこそ、さは聞こゆれ。かく憂き身なれば、今更に、よろしきこともあらじ。かくめづらしき有様をうち見給ふほど、のたまふにこそあらめ。深うもあらじ」と言へば、出でて聞こゆ。「この、もてわづらひ侍る人、『今更に、なでふ世付いたる目をか見む。山の見る目も、恥づかし』とて、動きげも申さねば。一人は、また、何のかひも侍らじ」と言ふほどに、日もかたぶけば、「何か、強ひても聞こえむ。今日は、御供にさぶらひつれば、『直屋籠 ひたやごもりなり』とて帰り給はむ、便なかるべし」とて立ち給ふほどに、この猿、六、七匹連れて、様々の物の葉を葉椀くぼてにさして、しひ、栗、柿、梨、芋、野老ところなどを入れて持て来るを見給ふに、いとあはれに、「さは、これに養はれてあるなりけり」と、めづらかに思さる。例なれぬ人のおはすれば、猿、驚きて、うち置きて逃げぬ。




右大将は、「それならば、ここに籠っている者を、強く朝廷に推挙する代わりに、わたしが面倒を見てやろう」と言いました、子は、「母に話してから、お答えします」と言って、うつほの奥に入っていきました、「このように申される人がいます。どうお答えしましょう」と言えば、「こんな疎ましい様子を初めて見た人が、いったい何をお考えでしょう。身分が低い者だと思われて、よもや断ったり、逃げたりしないと思ったのではないでしょうか。しかし、思いやりの心かもしれません」と答えたので、子は、「わたしが思うには、『この山に住んで、もう八年になります。つらいことも、悲しいことも、もう馴れてしまいました。どうしてここを出て行かなくてはならないのです。今までのようにこうして暮らしていたい』と思います」と言えば、母は、「そう思うのであれば、そう答えればよいのです。このようにつらい身の上であれば、今更、いいこともないでしょう。これほどに珍しい有様を見て、言ってみただけかもしれません。そんなに深く思ってのことではないでしょう」と言ったので、子はうつほから出てきて答えました。「わたしのような、扱いにも困る者が、『今更、この世に馴れるでしょうか。山を見て、恥ずかしく思うことでしょう』と、心は揺れますがはっきりと申し上げます。母も、期待してはいけないと申しております」と答えているうちに、日も傾いてきて、「どうして断るのだ、無理をして言っているのではないか。今日は、帝のお供としてお仕えしているので、『直屋(控え所)で籠る』ため帰ることにするが、都合を付けて再び訪ねよう」と申して立とうとした時、猿が、六、七匹引き連れて、さまざまな木の葉を葉椀(葉と竹ひごで作った器)にさして、椎、栗、柿、梨、山芋、野老(ヤマノイモ科)などを入れて持って来るのを見ました、右大将は、「さては、猿たちに養われているのか」と、珍しく思いました。見慣れない人がいたので、猿たちは、驚いて、葉椀を置いたまま逃げてしまいました。


続く


by santalab | 2014-09-17 08:41 | 宇津保物語

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