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「宇津保物語」俊蔭(その70)

歳十八にて、侍従 じじうになりぬ。その年の五節の試みの夜、后の宮より始め奉りて、多くの女御、更衣参上 まうのぼり給へるにも、この出だしの五節、かたち、用意、はかなくうち振る舞へるも、人には殊にて、上、御心とどめて御覧ず。舞ひ果てて、暁方に、先づ、時蔭 ときかげ仲頼 なかより行正 ゆきまさ、かやうの人々召し出でて、この仲忠 なかただも召して、唱歌 さうがする声も人には優れて、殊に聞こゆれば、上、聞こし召して、御前に召し出でて、「常よりも、物の音優るべき暁になむある。かの三代の手、今宵仕うまつれ」と仰せられければ、かしこまりて、仕うまつらねば、父大殿おとど、「なほ、手の限り仕うまつれ。度々、仰せ言承らぬ、いと賢う」と、せちにそそのかし給へど、とかく休らひて、御前より賜はせたるせた風の琴を、胡茄 こかの声に調べて弾くに、面白くめでたきこと、さらにたぐひなし。聞き給ふ人々、涙こぼれて、あはれがりで給ふ。上、「俊蔭 としかげの朝臣、唐土より帰りて、嵯峨の帝の御前にて仕うまつりしを、ほのかに聞きて、『また、かかること、世にはあらじ』とのみ思ひしを、これは、こよなく優れり。いかで、母の琴を聞かむ。嵯峨の院になむ、かの俊蔭が琴は、よく聞こし召し置きたらむ。仲忠て参りて、聞こし召し比べさせむかし。かの父の朝臣の琴を、いとほのかに、二声とも聞かずなりにしかば、いとおぼつかなくて過ぎにしも、『かれが音に、もし、似たる琴もやある』と聞き渡れども、夢ばかりおぼえたるもなきを」など、いと切に思したり。「かの、里に隠れたらむ人、しばし参らせて、しき曹子 ざうしの方などにやは住ませ給はぬ。さらば、渡りて聞きてむかし」などのたまはす。大将、いたくかしこまりてさぶらひ給ふ。




子の仲忠は、十八歳で侍従(天皇に仕える人、中務 なかつかさ省、今の宮内庁の役人)になりました。その年の五節(五節の舞で有名な宮中行事)の予行が行われた夜に、后の宮(皇太后)をはじめ、多くの女御(天皇の妻)、更衣(天皇の愛人といっては失礼でしょうかね)たちが参内しましたが、この初めての五節を結果、用意ともに、上手に取り仕切ったので、人に優れ、帝は、とても感心されました。あわただしく動き回った後、夜明けに近い頃、帝は、最初に、時蔭、仲頼、行正、これほどの人たちを呼びだして、仲忠も呼んで、唱歌(楽に合わせて謡うこと)をさせましたが、仲忠は声も人より優れて、格別でしたので、帝は、これをお聞きになって、仲忠を御前にお呼びになられ、「いつもよりも、音優る暁であるな。三代に渡る琴の腕前を、今宵聞かせよ」とおっしゃられたので、かしこまり、琴を演奏しましたが、父の右大将は、「もっと、技のすべてを聞かせてあげなさい。度々、このような仰せ言を承るものではないぞ、とてもありがたいことだと思いなさい」と、強く勧めたので、とにかくも心を落ち着けて、帝より受け取ったせた風の琴を、胡茄(匈奴、中国北方の異民族が使う笛らしい)の音に合わせて弾くと、とても趣きがあってすばらしく、さらに他と比べようもないほどでした。これを聞く人たちは、涙を流して、しみじみと感動していました。帝は、「俊蔭の朝臣は、唐土より帰ってきて、嵯峨の帝の御前で演奏した音を、わずかに聞いた、『二度と、このようなことは、この世にないだろう』と思っておったが、この琴の音は、この上なく優っておる。どうして、母の琴を聞かずにおれようか。嵯峨の院も、俊蔭の琴を朕と同じ気持ちでお聞きになられたのであろう。仲忠に母を参内させ、二人の琴の音を比べてみたいものぞ。父の朝臣の琴を、ほんのわずかに、二声と聞かないままになってしまったことを、とてももどかしい思いで過ごしてきたが、『俊蔭の音に、もしかしたら、似た琴の音はあるだろうか』と長い間ずっと求めてきたが、夢の中でさえも聞くことはなかった」と、とても強く願っておいででした。「あの、里に隠れ住んだ俊蔭の娘を、しばらくの間参内させて、職の曹司(中宮職 ちうぐうしき、中務省に属す役所の部署の一つ)に住ませることはできないか。そうすれば、そこへ渡って琴の音を聞くことができる」とおっしゃられました。右大将は、いっそうかしこまりました。


続く


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by santalab | 2014-09-18 09:35 | 宇津保物語 | Comments(0)

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