九月十五日、月いと明かきに、御遊びに候ひて、御宿直なる夜、梅壺の女御の詣上ぼり給ふを、わざとゆかしくはあらねど、藤壺へ通る塀のわたりに立ち隠れて見れば、更けぬる月の隈なく澄めるに、火取り持ちたる童の、濃き衵に、薄物の汗衫なめり、透き通りたるに、髪いとおかしくかかりて歩み出でたり。女房も皆打ちたる衣に、薄物の唐衣脱ぎかけたる、ただ今の空思えておかしく見ゆるに、女御は御几帳うるはしく差して、いみじくもてなし傅かれ給ふ様の心憎くめでたきを、あわれ、あないみじ、直面に、身をあらぬ様に交らひ歩くは、現の事にはあらずかし、と思ひ続くるに、掻き暮らさるる心地して、
月ならば かくてすままし 雲の上を あはれいかなる 契りなるらん
九月十五日、月がとても明るくて、遊びに出かけた、宿直の夜、梅壺女御が夜の御殿([帝の寝所])を訪ねられるのを、別に興味もありませんでしたが、藤壺([清涼殿の北西にあった中宮・女御の居所])に続く塀近くに隠れて見ていると、すっかり更けた夜空に月が隈なく澄んで、火取り([香をたきしめるのに用いる香炉])を持った女童が、赤い衵([女子の中着])に、薄物の汗衫([女童が表着の上に着た正装用の服])の、透き通るようなものを着て、髪を美しく揺らしながら歩いて来ました。女房も皆砧を打った衣に、薄物の唐衣脱ぎ掛けたように羽織って、今の夜空のように美しく見えました、梅壺女御は几帳に囲まれて、たいそう大事そうに歩まれるのがすばらしく、中納言【姫君】はなんとも言えず、悲しくなりました、直面([直接に差し向かう様])で、男のふりをして世に交わっているのが、現実でなければよいのに、と思うにつけても、目の前が真っ暗になるような気がして、
わたしがもしも月だったなら、あの月のように雲の上で、明るく照らしていることでしょう。いったいどんな因縁があって男の姿をしているの。
(続く)