中務の宮は、正成が許におはしましつれど、御門のかくならせ給ひぬれば、今は甲斐なしとて、それも都へ入らせ給ひて、佐々木の判官時信と言ふ者の家に渡らせ給ひぬ。徒然と、物思し乱るるより外の事なし。
世の憂さを 空にも知るや 神無月 理すぎて 降る時雨かな
中務の宮(第九十六代後醍醐天皇の第一皇子、尊良親王 )は、正成(楠木正成)の許におられましたが、帝(後醍醐天皇)が都に入られた上は、今では仕方のないことと、同じく都に戻られて、佐々木判官時信(佐々木時信)と申す宿所に移られました。ただただ、心乱されるばかりでございました。
わたしの悲しみを、天も知っているのか神無月の月よ。それとも悲しみを知るまでもないことと、時雨は降るのだろうか。
(続く)