人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Santa Lab's Blog


「増鏡」叢時雨(その37)

さて例のあづまより御使ひ上れり。代々のためしとかやとて、秋田あいたじやうの介高景たかかげ二階堂にかいだうの出羽の入道道薀だううんとかや言ふ者ぞまゐれる。西園寺さいをんじの大納言公宗きんむね卿に事の由申して、春宮御位に就き給ふ。さるべき御事と言ひながら、今日けふ明日とは見えざりつるに、いとめでたし。さて六波羅より、この度は世の常の行啓ぎやうげいの儀式にて、持明院殿へ入らせ給ふ。両院も引き繕ひたる御幸の由なり。ひしめき立ちぬる世のおとなひを聞こし召す先帝の御心地、たとしへなく妬く人わろし。もとの内裏へ新帝移らせ給ふ。上達部かんだちめ残りなくつかうまつらる。院も常盤井ときはゐ殿へおはしまいて、世のまつりごと聞こし召せば、後宇多院の昔思ひ出でられてあはれなり。




さていつものように東国(鎌倉幕府)より使いが参りました。代々の慣例とか申して、秋田城介高景(安達高景)、二階堂出羽入道道薀(二階堂貞藤さだふぢ)とか申す者が入洛しました。西園寺大納言公宗卿(西園寺公宗)に事の次第を伝えて、春宮が帝位に就かれました(北朝初代光厳くわうごん天皇)。いつかは位に就かれることではございましたが、今日明日のこととは思えませんでしたので、たいそうおめでたいことでございました。六波羅探題より、この度はいつもの行啓([太皇太后・皇太后・皇后・皇太子・皇太子妃・皇太孫が外出すること])の儀式で、持明院殿(持明院統の里内裏。現京都市上京区にあった)へ入られました。両院(第九十三代後伏見院と第九十五代花園院)も儀式に沿って御幸されました。ひしめき立つ世の騒ぎをおききになられた先帝(第九十六代後醍醐天皇)の心の内、たとえようもなく妬ましく惨めなものでございましたでしょう。後醍醐院の里内裏(常盤井殿)へ新帝(光厳天皇)を移されました。上達部([公卿])は残る者なくお供いたしました。院(後伏見院と花園院)も常盤井殿へ移られて、世を治められました、後宇多院(第九十一代天皇)の昔(大覚寺統後宇多天皇が鎌倉幕府の意向により、持明院統第九十二代伏見天皇に譲位したこと)が思い出されておかわいそうでございました。


続く


by santalab | 2014-10-10 09:07 | 増鏡

<< 「とりかへばや物語」巻一(その58)      「松浦宮物語」一(その38) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧