「女御たちの御事、はかばかしき身には侍らずとも、世に廻らひ果つらんかぎりは、後ろ見奉りてん。さらに、その御事後ろめたく思し召しそ」と聞こえ給へば、「昔より、さらに人にかかる事ありと聞かせ侍らぬを、さるべきにや、怪しき問はず語りを聞こえ出でつるも、常のことなど思ひ給へかくべきならず。かうながらも、女の身、捨つれど捨てられず、背かれぬものにて、相訪ひ給ふ人なくては侍るまじきわざとばかりを、所狭く思ひ侍れど、人の契り・宿世皆侍るわざなれば、さらに、この山に世を尽くせなども、遺言し思ひ給はず。しか思ひ置きて侍れど、宿世といふもの侍れば、それにも適ひ侍らじ。人聞きおどろおどろしからず、重りかに身を用ゐよとも思ひ給へず。ただ宿世に任せてとなん。そのほどのいまだ晴るけきにやといと心苦しきが、うるさく思ひ給ふる」とうち泣きつつ、尽きすべうもあらぬ御物語に夜も明けぬ。
「姫君たちのことでございますが、頼るになるとも思えぬ身ながら、命ある限りは後ろ身させていただきましょう。これ以上、姫君たちのことでお悩みになられませんよう」と申せば、吉野の宮は「昔から、人に関してこうなりますよなどと申したこともないのに、どういうことか、不思議なことを申しましたが、人並みの暮らしをさせたいなどと思っているわけではありません。そう言いながらも、女の身を、捨てようとしても捨てることなどできるはずもなく、世を背くことも適いません、夫となる人がいなくては生きてはいけません、心苦しいことですが、人には運命・宿世を皆持っていますから、申すまでもなく、この山にずっと住めなどと、遺言するつもりなどまったくありません。そう思っていますが、わたしにも宿世というものがありますれば、どうなるとも限りません。人聞きが悪くなくて、世に重用される人を婿にしたいとも願っておりません。ただ宿世に任せるほかないのです。その時がいつとも言えなくて心苦しい限り、悩みの種となっています」と涙を流して、尽きることのない話をするうちに夜が明けました。
(続く)