初時雨 今日降り染むる もみぢ葉の 色の深さを 思ひ知れとぞ
言の葉の 露ばかりだに 知らねども 色に出でける 我が思ひかな
と書きて、引き結びて賜はる、取りて、その日の暮れほどに、筑前は中納言の許に罷りつれば、人々、
珍しみ合へる中に、
侍従、「あな、ゆゆし。いかに思ひ出でて
参り侍るにか。この昔の心地して、いと睦ましく、
哀れにこそ」など言へば、筑前、「はかなき事のみ繁く
候ひて、心ならず今まで参らざりし、我が身ながら辛く侍るを、さてのみはやはあるべきとて、
申しひらかんとて参り侍るなり。いつと言ひながら、年寄りては、過ぎ越し方、御恋しさの、かたくなはしさに、人々をも見奉らんとて」など言ひて、姫君も、「ありし昔の言葉さえ、あはれに」とぞ聞き
居給へる。
初時雨が今日降りました。紅葉葉は色付きはじめたばかりですが、わたしの心はこの紅葉襲([襲の色目の名。表は紅、裏は青。もしくは表は赤、裏は濃い赤とも])のように、すっかりあなたに染まっています。
女性に贈る言葉など、露ほども知らないわたしですが、わたしの思いはあなたを想って紅葉襲の色に染まっています。
と書いて、文を結んで筑前に手渡しました。文を受け取ると、その日の暮れほどに、筑前は中納言の殿を訪ねました、女房どもは、珍しい者が訪ねて来たと言い合っていましたが、侍従が、「わざわざ、訪ねてくれたのですね。姫君のことを思い出されて参ったのですか。昔を思い出して、なつかしく、うれしく思います」などと言えば、筑前も、「何かと忙しくて、お訪ねしなくてはと思いながら今までご無沙汰しておりました、私ごとながらつらく思っておりました、いまさらながら、弁解に参った次第でございます。いつかは必ずや参ろうと思っておりましたが、年を重ねる毎に、昔のことが、恋しくて、いたたまれず、あなた方にお目にかかりたくて参ったのでございます」などと言いました、姫君も、「かつての声を聞くことができて、うれしいこと」と思いながら聞いていました。
(続く)