日来、由ありて見るに、いよいよ、「いかなる人にか」と、心を鎮めて思ひ給ふ中に、「我が語らひ初めし人こそ、琴をば弾くと聞きしか」と思ひて、「これを聞き給ふにや」と問へば、「はじめより哀れに聞きつる」と、のたまへば、「心あり」と思ひて、「これはいかなる人の琴の音」と問ひ給へば、「我が姉にて侍る人の弾き給ふなり」と、のたまひければ、「兵衛の佐殿か」と問ひ給へば、「さにはあらず、宮腹にておはすなり。常に心を澄まして琴を弾き給ふなり」と、何心もなく語るも、哀しながら、心の内には、「浅ましく、謀れにけるものかな」と思ひつつ、「対の間に、いかばかり、をこがましく思ふらん。筑前が口惜しさよ」と思ひて、明けも果てねど出でて、筑前を呼び寄せて恨み給ひけるに、言ひ遣る方なく、傍ら痛く思ひてぞありける。「今は、言ふ甲斐なし。なほ、知らぬ顔にて過ぐさん。あのあたりにて、あなかしこあなかしこ、聞こえさすな」とのたまひければ、筑前、うち赤めて、「何しにか」とてぞ、立ちにける。
日ごろから、気になっていましたが、ますます、「誰なのだろう」、と少将は心の内に思っていました、「わたしが想いを寄せた人は、琴を弾くと聞いた」ことを思い出して、三の君に「琴の音が聞こえるだろう」と聞くと、「よく聞く音です」と、答えたので、「誰なのか知っているのだな」と思って、「誰が弾く琴の音か」と三の君に訊ねると、「わたしの姉([姉妹])が弾いているのです」と答えたので、「兵衛佐殿【中の君】(三の君の姉)か」と訊ねると、「そうではありません。宮腹【姫君】です。いつも一心に琴を弾いています」と、疑う様子もなく答えました、少将はそんあ三の君を気の毒に思いながらも、心の内では、「情けないことに、騙されていたのだ」と思いました、「対屋の姫君は、どれほど、わたしのことを恨んでいることだろう。筑前を頼りにしたわたしが愚かだった」と思って、夜も明けないうちに殿を出て、筑前を呼び出して恨み言を申すと、筑前は何と答えていいのかも分からない様子で、傍目から見てもみじめな有様でした。「今となっては何を言ったところで仕方ない。これからは、赤の他人と思え。あのあたりには、何があろうと、二度と近付くな」と申せば、筑前は、顔をまっ赤にして、「わたしは何も悪くありませんよ」と腹を立てて、立ち去りました。
(続く)