はかなくて二日三日過ぎぬ。宮は、この御有様才の限りなきに愛でて、行ひも懈怠し給へり。琴の御事をゆかしげに思したれば、深き夜の澄める月に掻き鳴らし給へれば、取りて弾き給へる、さらに同じ調べをふと聞き取りて、いと恐ろしきまで。「残りの音は、聞こえさせつる絆ども、このはかなき人に教へ置き侍りしに、違はず弾き取りたると思え侍るは、山臥の、吉野の峰の山颪に耳馴らして侍る僻耳にや。されど、わざと訪ねさせ給へるよろこびには、疎う思ひ聞こゆべきにも侍らず」とて、姫君の御方に渡り給ひて、「かかる人訪ね物し給ひて、日来物し給へるを、こなたにて、物など聞こえ給へ。並べての人のやうに見えぬ御有様なり。ゆくりかになど人目怪しかるべけれど、後ろめたうは見えざめり」とて、さるべき様に引き繕ひて、暁近く出づる月の、霧り渡りあはれなるに、御消息あれば、えもいはず匂ひ満ちて、まばゆき様にておはしたれば、端近く眺め給へる姫君たち、いと恥づかしくて引き入り給ふを、「ただ聞こえんままに。かばかり世付かぬ御住居には、何かは。世の常にもてなし給はんも違へり。後ろめたくはあるまじきを」とこしらへ置きて、我が御身はあなたにおはしぬ。
あっという間に二三日過ぎました。宮【吉野の宮】は、中納言【姫君】の才能に限りなく感心されて、勤行も怠りがちでございました。中納言は琴の音を聞きたいと申して、吉野の宮が深夜の澄んだ月に琴を掻き鳴らすと、中納言も琴を手に取って弾きましたが、吉野の宮が弾かれたのと同じ調べでしたので、吉野の宮は中納言の才能を恐ろしく思われたのでした。「残りの技は、先ほど話した絆【吉野の姫君】たちに、わたしから教えてあります、わたしの手に違わず弾き取っているはずです、この山伏【吉野の宮】が、吉野山の山颪に耳馴れて聞き間違いをしていなければですが。そうであったとしても、わざわざ訪ねていただいたからには、お聞かせしないわけには参りません」と申されて、姫君【吉野の姫君】の許に渡られて、「かようの人が訪ねて来られて、数日留まっておられます、こちらに招いて、話などなさい。並みの人ではありません。ゆくりか([不用意なさま])と女房どもは不思議に思うかも知れぬが、何の心配もなかろう」と申して、準備を整えて、暁近くの月に、霧がかり趣きがある頃、中納言【姫君】が訪ねましたが、何ともいえない美しさがあり、まばゆいほどでしたので、縁の端近くで見ていた姫君たちは、とても恥ずかしく思い奥に引き入りました、吉野の宮は「わたしが申した通りにしなさい。このように人里離れた住まいなら、人目を気にせずともよい。世の常のもてなしをすべき人ではない。恥ずかしがることはない」と申して、吉野の宮は帰って行きました。
(続く)