思ひ乱るる積もりにや、悩ましうさへなりて、今日は立ち出づべき心地もせねど、あやにく疾く出でおはしましぬとて、参り集まるおとなひ著しければ、例の遥かに候ひ暮らせど、見し夢の迷ひに心の乱れて、「人の問ふまでや」と慎ましうのみなりまされば、いとど収め鎮まりて候ふ。御門、例のなつかしう語らはせ給ふ。「春を過ぐしてと聞きし日数も、無下に残りなくなりぬるこそ。またいつと聞かむ月日をだに、しか習ひては、いかばかり待ち遠に思ゆべきを、かくて止みなむこそ言ふ甲斐なけれ」とて、押し脱はせ給ふ。いみじうおよすげて、あはれに忝く見奉る。「なぞや。あぢきなかりける契りのほどかな。かばかりなる御気色に馴れ聞こえて、あながちに急ぐ心よ」とうち思ゆる心弱けれど、様々乱るる節ぞ多かりける。
思い乱れること積もり、病むほどになれば、今日は出仕する気も起きませんでしたが、帝がすでにお出になられたと、参り集まる物音が聞こえて、弁少将はいつものように御前の遥かに着きましたが、夢の中を彷徨っているような気がして心は乱れ、「人の問ふまでや」(『忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで 』。平兼盛)と人目が気になって、いっそう気配りして心を鎮めようと務めるのでした。帝は、いつものように親しげに申されました。「春を過ぎれば国へ帰ると聞くが残る日数も、あとわずか。またいつか再会できる別れさえも、親しくなれば、どれほど待ち遠しいものかと思うが、再び会えぬ別れなれば言葉もない」と申されて、涙を押し拭われました。帝はたいそう大人びて、申されるので弁少将はかたじけなく思うのでした。「どうしてなのか。思うに任せない契りとでも言うべきか。これほどまでに帝が悲しまれておられるというのに、帰国を待ち遠しく思うのは」と心弱く思い、様々心乱れることばかりまさりました。
(続く)