まことの住みかも、隔て聞こえむとにはあらねど、顕れば、いと恐ろしう疎まれぬべきところの様になむ、思ひ侘びぬる。よし今は、見きとばかりも掛けざらむや、厭ひ捨てらるる道の情けならむ」と、少し言続けたるは、また疑はしき方にのみも聞きなされぬをさへ、様々思ひ乱るるにも、「春の夜はいとどほどなき鳥の音を、なほ夢幻とも思い分かぬおぼつかなさをだに、いかで晴るべくぞ」と、返す返す恨むれば、
「あだにたつ あしたの雲の なかたえば いづれの山を それとだにみむ
まことは
行方なしや。前の世かけて深き契りは、心を添へて急ぎ給ふれば、歎の
哀れをだに掛けざらむもの
故、
たづねても とはばいくかの 月日とか まよふゆめぢを 人にしられむ
前の世後の世とも頼まれぬ別れの道は、ただ今こそは、限りならめ」とも言ひ遣らず泣く様の、哀れに悲しき事ぞ、さしあたりてはせむ方もなき。
住む所さえ、お話ししておりませんが、もしお知りになられても、恐ろしいまでに疎まれるだけのことに、思われて。それなら思いを断ち切って、逢ったことさえ忘れてしまいたい、嫌われ捨てられるよりも」と、女は言いました、弁少将は女の本心がどこにあるのかと、様々思い乱れて、「春の夜はあっという間に鳥の音が聞こえて、夢幻とも区別できないほどなのに、あなたの本心がたちまち知れるとでも」と、返す返す恨めしくて、
「いたずらな朝の雲に遮られて、あなたがいるであろう山さえ見分けることができずにいるのに。
この後どうなるかも分からない。前世からの深い所縁と思えば、心は逸るけれども、この悲しみに答えるものもなし、
どうするべきかと訊ねて、幾日過ごしてきたことか。夢路に迷うわたしのことを、あなたは知っていますか。
前世後世さえ頼りにならない別れの道も、きっとこの国を離れれば、絶えてしまうと思えば」と口ずさむこともできずに涙は溢れて、弁少将のつらさ悲しみは、言いようもないものでした。
(続く)