卯月の月の頃、例の繁き事わざも果てて、人々罷でぬるほど、御門け近くおはしまして、「終に頼むべき道なられど、しばしの月日のほども、心のどかなるは、思ふ事叶ふ心地する慰めもはかなく」とのたはする御気色にも、先づ涙のみこぼれて、「忝き詔に、承りなづさひ侍りては、さしも思ひ惑ひ侍りし心の闇の、急がしさもさし置かれ、仕りさし侍りなむ恨みのみ、深う思う給へられ侍れど、過ぐる月日に付けては忍び難き」由の、片端も聞こえ出でては、堰き遣らぬ涙の気色を、遠けれど哀れに御覧ぜらる。聞こゆべくもあらぬ御独り言にや、
秋風の 身にしむころを 限りにて またあふまじき 世の別れかな
卯月([陰暦四月])の月の頃、例の内裏での勤めを終えて、人々が退出しましたが、帝は弁少将の近くに来られて、「いつまでもそなたがこの国に留まることを望むべきもないことではあるが、ここしばらくの月日の間は、心穏やかに、願いが叶うような気がしていたのだ」と申されて心沈ませておいででした、帝は涙さえ流されて、「申し訳なく思っているのだ、このわたしがこれほどに頼みにするばかりに、心の内ではどれほど思い悩んでいることか、急ぎ帰国したい気持ちを止めて、わたしに仕えてくれるそなたの恨みのほどは、さぞや深いものでしょう、それを思えばなんと礼を申せばよいのか」と、申しも果てず、涙をとめどなく流されるその姿を、后は遠くからご覧になられておりました。聞こえるはずもない言葉を独り言のようにつぶやかれて、
秋風が身に染みる頃になれば遂に別れの時です。再びこの世で会うことのない別れになりましょう。
(続く)