霜月の上の十日なれば、夕べの空は風すさまじく吹きて、大方の空の気色催し顔なるに、水の上すさまじかるべきを、ありし釣殿の方にぞ、おはしましける。御門の御忌み果てにければ、綾の文などあざやかなれど、殊なる色を尽くしては好み給はぬなりべし。箏の琴、掻き鳴らして眺め入り給へる御様、なほ言ふ由なく、なぞや、うち慰みて過ぐしける我が心も、今さらに悲しうて、ただよよと泣かるれど、見付けられぬぞ甲斐なき。暮れ果つるまで、鏡の面に向かひて、流す涙も甲斐なく、暗うなれど、うちも置かれず。
霜月([陰暦十一月])の十日のことでした、夕べの空は風が激しく吹いて、今にも時雨そうな空模様でした、水の上はたいそう波立っていましたが、后はかつての釣殿([寝殿造りの南端の、池に臨んで建てられた周囲を吹き放ちにした建物])に、おられました。先帝の忌みも果て、后は綾の文様は色鮮やかでしたが、とりわけ贅を尽くしたものを后は好みませんでした。箏の琴を、掻き鳴らして遠くを眺めておられる姿は、たとえようもなく悲しげで、今こうして、心を慰めながら過ごす弁中将の心の内も、言いようもないほど悲しくなりました、后はただ泣いておられて、この姿を見せることができないのが悔やまれるのでした。日がすっかり暮れるまで、鏡の面に向かい、涙を流しましたがどうすることもできずに、暗くなって后の姿が見えなくなっても、鏡を置くことができませんでした。
(続く)