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これもまことの事なり。さばかり傾城けいせいの色に逢はじとて、婀娜あだなる心なき人は、何事に、かかることは云ひ置き給ひけるぞと、心得難く、唐にはさる霧の候さぶふか。
たしかに道理です。けれども傾城の色には逢うまい(国を亡ぼすほどの美人には惚れるまい)と、申した浮気心も持たない人(白居易)が、なぜこのようなことを言い残したのか、判りません、唐には人を浮気にさせる霧でもあるのでしょうか。
(終)
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