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「増鏡」今日の日影(その21)

七月ばかり、風荒らかに吹き、稲妻いなづま怪しからずひらめきて、神鳴り騒ぐ、常よりも恐ろしき夜、はかばかしき人もなければ、上下いとあわたたしく、心細う思し惑ふ。法皇は、亀山殿に過ぎにし頃よりおはしませば、近きあたりにだに人の気配けはひも聞こえず。あはれなるほどの御有様にて、墨を摺りたらむやうなる空の気色の疎ましげなるを、眺めさせ給ひなどするに、例の中将ちゆうじやうそぼまゐりて、さぶらひめく者一、二人、弓など持たせて、「御宿直とのゐつかうまつり侍るべし。なにがしも、侍の方にはんべらん」など申すにぞ、いささか頼もしくて、人々慰め給ふ。おはします母屋もやに当たれるひさし勾欄かうらんに押しかかりて、香染かうぞめのなよらかなる狩衣に、薄色の指貫さしぬきうちふくだめる気色にて、しめじめと物語しつつ、いたう深け行くまで、つくづくとさぶらひ給へば、御簾みすの中にも心遣ひして、はかなきいらへなど聞こゆ。




七月ばかりのこと、風が激しく吹いて、稲妻がひっきりなしに光り、雷が鳴り響き、いつにもまして恐ろしい夜、頼りになる人もなく、上下ともにたいそう騒いで、姫宮はたいそう心細く思われておりました。法皇(第九十代亀山院)は、亀山殿(現京都市右京区にある天龍寺)に以前よりおられたので、近くには人の気配もございませんでした。哀れなほどでございました、まるで墨を摺ったような空を疎ましげに、眺めておられると、いつものように中将が、雨に濡れて参りました、侍のような者一、二人に、弓など持たせて、「宿直に参りました。わたしも、侍所([侍の詰所])におりましょう」など申したので、多少なりとも頼もしくて、女房たちは胸を撫で下ろしました。中将は姫宮がおられる母屋の廂の勾欄([高欄])にもたれて、香染め([黄色味を帯びた薄茶色])の柔らかな狩衣に、薄色([表裏ともに薄紫色])の指貫([袴の一])は雨に萎れておりましたが、静かに話をしながら、夜が更け行くままに、その場におりましたので、御簾の内におられる姫宮も心遣いされて、わずかに返事などをされておられました。


続く


by santalab | 2015-02-15 08:35 | 増鏡

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