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Santa Lab's Blog


Sequel to the Short Cut (part 2)

もう一度、弁当屋に行こうと思いました。けれど、どうしてもできませんでした。きっと、混乱していたのでしょう。過去と現実の間で往ったり来たりしているうちに、どちらがそうなのかよく分からなくなって、結局、すべてが本当のことでないような気がしました。あの弁当屋だって本当は存在しないのかも知れないし、いいえ、そうでなくても彼女はきっといないんじゃないかと思うのでした。


それでも、やはりとても気になって、週のうち少なくとも一度は部下である後輩に、
「弁当を買ってきてくれ、君の分も買ってきていいよ。僕はトンカツ弁当で。」
彼は、
「わかりましたあ、行ってきま~す。それにしても、部長は、本当にトンカツ弁当が好きですね。」
と言って、元気よく事務所を出て行くのでした。僕が入社した時に比べれば社員数は多くなっていましたが、それでも相変わらず一部一課に過ぎない小さな会社のままでしたので、部長といっても他の社員と大して変わりはなく、仕事もほとんど同じでした。トンカツ弁当がとりわけ好きでもありませんでした。それでも、トンカツ弁当にこだわっていました。僕にとって彼女の存在は、まるで泡沫のように希薄なものでしたけれども、トンカツ弁当がかろうじて彼女を僕の記憶に留めてくれるような気がしていました。


あの日、いつもと同じように午前中の作業が終わったのは、やはり午後三時前でした。夕方には客先との打ち合わせが入っていて、ここで昼食を取っておかないといけませんでした。けれども、この時間なら近所の店の定食も終わっていましたし、コンビニの棚にはほとんど何も残っていないはずでした、とすれば残る選択は弁当屋だけでした。そんな日に限って、客先での打ち合わせやら何とかで、事務所には誰一人残っていないのでした。僕は、
「仕方ないな。弁当屋へ行くしかないか。」
とゆっくり席から立ち上がりました。彼女と偶然出会ってからもう二か月以上過ぎていたし、彼女に対する思いは混沌としたままでしたが多少落ち着きを取り戻していたのかも知れません。


店に入ると、やはり彼女はカウンター越しに立っていました。彼女はわずかに驚いたような表情を見せましたが、僕が、
「トンカツ弁当ください。」
と言うとすぐに元の表情に戻って、
「トンカツ弁当ですね。」
と返事しました、僕はいつもは部下に弁当を買いに行かせていたことを話しました。その後、彼女は前から心に決めていたように、
「あれから、しばらくして前の旦那と付き合うようになって、すぐに子どもができちゃって。一度は専業主婦みたいなことをしていたけれど、結局うまくいかなくて別れちゃった。でも子どもはまだ小さいし、朝から晩まで仕事はできないから。そうそう、あの車は?」
と訊ねてきました。今度は僕が少しびっくりして、
「あぁ、車は師匠に引き取ってもらったよ。今はめったに車に乗ることもないし彼女もいないから。」
と少しあわてて答えました。その時彼女は、もしかしたら残念そうな表情を浮かべたのかも知れません、けれども昔と同じ明るい声で、
「残念だわ、前のように乗ってあげたのに。でも、二人乗りだったから子連れでは定員オーバーね。」
と笑いながら言いました。僕は、
「なら、新しい車を買ったら乗せてあげるよ。三人で乗れるやつ。」
と答えました。


続く


by santalab | 2015-03-19 19:54 | 独り言

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