その時、国王、和睦の心を成し、数千人の兵を差し添へ、かれら隠れ居たる山へ押し寄せ、四方を囲み、閧の声をぞ上げたりける。杵臼は、思ひ設けたる事なれば、鎮まり返りて、音もせず。程嬰、進み出で申しけるは、「これは、かうめい王の太子屠岸賈やまします。程嬰、討つ手に参りたり。雑兵の手に掛かり給はんより、急ぎ自害し給へ。逃れ給ふべきにあらず」と申しければ、杵臼立ち出で、「若君のまします事、隠し申すべきにあらず。待ち給へ。御自害あるべし。さりながら、今日の大将軍の程嬰は、昨日までは、正しき相伝の臣下ぞかし。一旦の依怙に住すとも、遂には、天罰降り来たり、遠からざるに、失せなん果てを見ばや」とぞ申しける。
程嬰の言葉を聞いて、国王は、親しみを覚えて、数千人の兵を差し添え、かれらが隠れている山へ押し寄せ、四方を取り囲み、閧の声を上げました。杵臼にしてみれば、予期していたことでしたので、鎮まり返り、音もしませんでした。程嬰が、進み出て申すには、「ここに、かうめい王(孝明帝)の太子屠岸賈はおられるか。程嬰が、討手に参った。雑兵の手に掛かられるよりも、急ぎ自害されよ。逃れることはできぬ」と申せば、杵臼が現れて、「若君がおられること、隠し申さぬ。待ち給え。自害なされるのを。とは申せ、今日の大将軍の程嬰は、昨日までは、まさに相伝の臣下であろう。一旦の依怙([私利])に溺れるとも、遂には、天罰が降り来て、遠くはないうちに、失せるその時を見たいものよ」と申しました。
(続く)