道の末を見渡しければ、馬乗り五六騎出で来たる。十郎見て、「二宮殿と思えたり。いざや、この事一端語らん」と言ふ。五朗聞きて、余りの事なれば、返事もせず。ややありて申しけるは、「如何で斯様の大事、聟には知らせ候ふべき。異姓他人にては候はずや。如何なる人か、世になき我らが死にに行くと語らはんに、同意する者や候ふべき。対面計りにて、御通り候へ」。十郎聞きて、「御分の心を見んとてこそ」と雑談して、間近くなりければ、この人々、馬より下り、弓取り直し、色代す。「人々、何処へ行き給ふぞや」。「鎌倉殿、富士野御狩と承り、狩座の体見参らせて、末代の物語にと思ひ立ちて、罷り出で候ふ」と申す。
道の彼方を見渡せば、馬に乗った武士が五六騎やって来るところでした。十郎(曽我祐成)はこれを見て、「二宮殿(二宮朝定。曽我兄弟の姉婿)ではないか。どうだ、仇討ちのことを話してみるか」と言いました。五朗(曽我時致)は聞いて、思いもしないことでしたので、返事もしませんでした。しばらくして申すには、「どうしてこのような大事を、姉婿に話すのです。赤の他人ではありません。そうでなくとも何人が、世にあるとも思えぬわたしたちが死にに行くと話して、同意することがありましょう。挨拶だけで、通り過ぎましょう」と言いました。十郎(祐成)はこれを聞いて、「お主の心を試したまで」と話しているうちに、間近くなったので、兄弟は、馬から下りて、弓を持ち直し、色代([挨拶])しました。二宮殿が「人々よ、どこへ行くところだ」と訊ねました。「鎌倉殿(源頼朝)が、富士野で狩りをされるとお聞きして、狩座([狩り場])の様子でも見て、末代に伝えようと思い立ち、やって来たのです」と答えました。
(続く)